こどものうた

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◇◆◇◆  私の前を赤と水色、二つの小さな傘が並んでいる。今日は朝から生憎の雨模様。雨が降るとブランコも砂場も使えなくなる。幼稚園のお迎えのあとの公園遊びはできないということだ。つまりは、私の楽しみにしているしーちゃんパパとの逢瀬もなしになるのだ。しーちゃんの家は、幼稚園からだと私のマンションとは逆方向になる。幼稚園を出たら、即さようならだ。と思っていたが、今日は買い物があるとかで途中まで一緒に帰れることになったのだ。  赤と水色の小さな傘の後ろには、私の白い傘としーちゃんパパの黒い傘が並んで歩いている。知らない人が見たら夫婦に見えるだろうか。思わず手を繋ぎたくなる欲求が湧き、しーちゃんパパの顔を見るように顔を横に向けた。その瞬間、しーちゃんパパが自分の傘を傾けながら、私の傘を持つ手を少しだけ下に向けさせた。私としーちゃんパパの傘が二枚貝のようになり、私としーちゃんパパの姿が世の中から隔離された。自然に唇を合わせる。 「今日、夫が帰らないの。ありすが寝たあとにでも」  自ら不貞を誘うなんて、思いながらも口からそんな言葉が出てきてしまう。そんなときに歌声が聴こえてきた。 「いきをかけるととんでいく〜 どこまでどこまでとんでいく〜」  ハッと我にかえり、傘を立て直してしーちゃんパパから離れた。周りを確認するが、私たち以外に人は見当たらない。細い道とは言え、天下の往来で大胆なことをしてしまったと恥ずかしさとともに高揚感も湧いてきた。  しーちゃんパパは、小さく口角を挙げてから、子どもたちの方に急足で向かった。 「さあ、ここでお別れだよ、ありすちゃんにバイバイして」  そう言って、しーちゃんとしーちゃんパパは角を曲がっていった。 「今のお歌もしーちゃんに教えてもらったの?」 「うん」 「しーちゃんは誰に教わったのかな?」 「ママだって」    ママと聞いて一瞬自分のことかと思ったが、よく考えるとそんな訳はない。しかし、しーちゃんのママは亡くなっているとしーちゃんパパから聞かされているし、実際に会ったこともない。  そこで一つの仮説が浮かび上がった。私以外にも懇意にしている女性がいて、近いうちにその女性と結婚する。だから、しーちゃんもママと言っているのかも。どちらかと言えば地味な顔立ち、ありすを産んでから崩れた体のライン、おまけに夫がいる身分だ。遊ばれていたのか。本気なわけなんかないだろう。ならば、彼の心を繋ぐためにはどうしたらいいだろう。そんなことを考えながらオートロックを解除するためのボタンを押した。
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