こどものうた

1/5
前へ
/5ページ
次へ
「ありす〜、そろそろ帰ろ〜」  幼稚園の帰り、近くの公園で友だちと遊んでから帰るのがありすの日課だ。そして、ありすの日課というのをスケープゴートに、その時間に私はとの逢瀬を重ねる。  逢瀬なんて大層な表現を使ったが、公園で会う時の私と彼はいたってプラトニックである。毎日、幼稚園のお迎えの後、この公園に寄って子ども同士を遊ばせる間、本や映画の話から、お互いの家庭の悩みなどを話す。ただそれだけの関係である。公園で会う時は…….だ。  私の夫は銀行員で、堅実で真面目がスーツを着ているような人だ。融通が効かず、ギャグセンスは一欠片もないけれど、不満があるわけではない。それでもこうして、彼との逢瀬に心が躍り、幸せを感じるのは、心のどこかで夫に物足りなさを感じているからなのだろう。  彼はIT関連の仕事をしていて、基本的に在宅ワークらしい。もっとも、奥様が早くに亡くなったらしく、お子さんのために今の在宅ワークがメインの仕事に転職したらしい。  ありすが彼のお子さんと仲良くなったのは、今年になってから。それまでは、ああお父さんが迎えにきているんだな、くらいの認識だった。それが、今や彼とこんな関係になるとは、私自身が驚いている。 「え〜、もっとあそびたい〜」  ありすがいつものように駄々をこねる。そうよ、もっと駄々をこねて。私は、「あと5分だけよ」と声をかける。ごくごく自然に私は彼との逢瀬を5分延長できるのだ。 「コロコロコロコロまわるよしゃりん ガタゴトガタゴトはしるよでんしゃ🎵」  手を繋いでの帰り道。ありすが楽しそうに歌をうたっている。 「初めて聴くお歌だね。いつ習ったの?」 「んーとね、さっき。しーちゃんが教えてくれたの」  しーちゃんというのは、彼のお子さんの名前だ。名前といえば、私は彼の名前を知らない。名前だけでなく、年齢も知らない。でもそれでいい、しーちゃんパパ。私にとっての彼の名前はそれでいいのだ。 「コロコロコロコロ🎵」    楽しそうに歌うありすと一緒に、私はマンションのオートロックを解除し、エレベーターに乗って帰宅した。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加