美容院

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美容院

 大学生になるまで、美容院という場所が大の苦手だった。というか、おしゃれな空間にいる自分が異物のように思えて苦手だった。  子供のころは近所の小さな美容院に通っていたが、私はそこの美容師さんと相性が悪く……というのも、色々突っ込んだ質問をされたり、その情報を他のお客さんに喋ったりしてしまうからで、自分に自信のない私はしょぼい個人情報がその美容師さんを通して近所に拡散されてしまうことを恐れたのだ。それに、他人の個人情報もできれば耳に入れたくなかった。  近所の美容院に行かなくなったのは高校に入ってからだっただろうか。そこに行けないとなると他を探さなければならない。しかし私はおしゃれな美容院を心の底から恐れていた。ピカピカのおしゃれ空間で鏡の前に座らされ、冷静でいられるはずがないと思った。なので美容院には行かず、前髪だけ自分でカットし、ずっと髪を伸ばし続けていたのである。  しかしある時、どうしてもショートカットにしたくなった。そして同時期に、友人がすごくかっこいいショートカットで登校してきた。聞いてみると、なんと1000円カットだという。ケチでもあった私は、美容院代も高いと思っていたのですぐに食い付いた。  週末、父の車で地元のイオンの中にある1000円カットに連れて行ってもらった。私はよせば良いのに、「前髪をつむじの方から持ってきたい」というよくわからないお願いをしてしまった。美容師さんも少し困惑していたと思う。私はおでこが狭く、前髪がちょうどおでこの真上から始まっているのだが、もっと高い位置から前髪を始めたかったのだ。でも今思えば無理な話である。美容師さんは私の無茶な注文に対し、最善を尽くしてくれた。  結果、やけに分厚くて広範囲の「前髪のようなもの」が完成した。美容師さんは相変わらず困惑していた。私も困惑していた。かなり斬新なヘアスタイルになった自分を見て、16歳の私は思わず涙を流しそうになったが、必死に堪えた。帰りの車の中で少し泣いた。  そして時は流れ、また美容院をサボりスーパーロングヘアーになった私は、東京の大学に通うようになった。大学の女の子たちはみんなおしゃれで垢抜けていた。ギャルっぽい子もいたし、清楚なお嬢様っぽい子もいた。ストリート系の子もいたし、ロリータファッションの子もいた。  そんな中私は地味な色の服を着て、下手くそなメイク、胸辺りまであるボリューミーな黒髪といった具合で、やっぱり自分に自信がないのだった。  転機が訪れたのはいつだっただろう。私はどうしても髪を染めてみたくなった。そしてまたショートにしたくもなったのだ。しかしやっぱり美容院に対する苦手意識は健在で、ましてや東京のオフィス街にある美容院なんて死んでも入れないと思っていた。大学の近くにそれはそれはおしゃれでピカピカな美容院があったが、前を通り過ぎる度に何とも言えない緊張感が走ったものだ。  そこで私はちょっと妥協して、もう少し田舎な町(でも私にとっては十分都会)にある美容院に行ってみることにした。  美容院の行き方もすっかり忘れていたので、ネットで十分に下調べをした。入ったらカウンターの人に何と声をかけるのかとか、どうやって髪型をお願いするのか、とか……  ガチガチに緊張していたのを覚えている。精一杯のおしゃれをしたのも覚えている。とにかく恥をかかないように、場違いな感じにならないようにしなければならなかった。  ロッカーに荷物を預け、準備ができるまで入口前のソファーで待たされるのだが、終始ソワソワキョロキョロしていたと思う。  なんとか髪型をボブに。髪色をアッシュにすることに成功した私は経験値が上がったことにひたすら喜んでいた。何か分厚い壁をぶち破ったような気分だった。  それからというもの、毎回若干の緊張はあるが美容院が楽しみになったのである。めでたしめでたし。     
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