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ある日のこと。クララは、珍しく悩んでいるようだった。そういえばもうすぐ父の日だ。
父の日の贈り物に苦労する気持ちは私にもわかる。まあ、一般的なご家庭では子どもが頑張って用意した贈り物なら、それだけで喜ばれるはずだ。そう思っていたのだが。
「参考までに、今まで何をお渡ししていたのか聞いてみてもよいですか?」
「……贈り物、したことないの」
「ちょっと意外ですね」
「昔ね、お母さまに言われたの。叔父さまはお父さまとは違うから、父の日に贈り物をあげて叔父さまに負担をかけては駄目よって」
「そういう考え方もありますね」
「それにお父さまの実家ではいっそお父さまとお母さまを離婚させて、叔父さまと挿げ替えようという話も出ていたそうなの」
「政治的には理解できます」
「でも、お母さまはお父さまがいない暮らしに満足していたわ。何より、叔父さまに好きなひとがいることをわたしたちは知っていたから」
「……そう、だったのですね」
「今年は贈り物をしてもいいかもしれないって思ったのだけれど、いざとなると難しくて……」
ボニフェースさまは、伯爵家の三男だ。継ぐ家こそないけれど、文官として王宮に勤めている美丈夫である。好きなひとどころか恋人や婚約者がいてもおかしくはない。
それなのに、ボニフェースさまが私の知らないどこかの女性と結婚するかもしれないと知ってとっさに嫌だと思ってしまった。顔も見たことのない書類上の夫よりも、日々欠かさず顔を出してくれるボニフェースさまの方が、私にとってはずっと家族に近かったのだ。
けれど三人で仲良く暮らしていたと思っていたのは、ただの勘違いだった。そもそも叔父と姪という血の繋がりがある中で、私だけが余所者なのだ。わかりきっていたはずなのに、急に現実を突きつけられて胸が痛い。
「クララのお母さまがおっしゃっていたこともわかります。とはいえ、時と場合にもよりますから。私は伝えてみてもいいのではないかと思います。年をとると、ああすればよかったと後悔することの方が多いです。どうせなら、一緒にお祝いをしてみましょう?」
「ありがとう」
はにかんだクララの笑みがまぶしくてたまらない。クララが幸せになってくれるのは嬉しいことなのに、急にひとりぼっちになったような気がした。ああ、寂しい。結局どこにいても、私は余りものになってしまう。実家でも、かつての嫁ぎ先でも要らないものだった。この家で、あと何年、私は必要とされるだろう。
ぼんやりとしていたからかもしれない。クララとの会話で失敗してしまったのは。
「ナンシー、母の日の贈り物って、今さら準備しては遅いかしら?」
「いいえ、そんなことはありませんよ」
「それじゃあ」
「お花とお菓子を準備しましょうか。週末は天気もよさそうですし、お墓参りにちょうどよさそうですね」
私が義母としてここに越してきた日にクララと共に墓前に挨拶に行ったが、久しぶりに顔を出すのもいいだろう。娘が無事に大きくなっている姿を見ることは、早くして亡くなってしまった彼女にとって何よりの供養になるはずだ。
「……え?」
「どうしました?」
「ナンシーは、わたしからの母の日の贈り物はほしくないの?」
「そんなこと」
「だって、普通は自分だってもらえると思うでしょう? それなのに自分は関係ないみたいな顔をして。迷惑なの? わたしから、母の日の贈り物をもらいたくないってこと? なによ、ナンシーの馬鹿」
どんっとクララに突き飛ばされた。この家に来て初めて見たクララの涙。いつも聞き分けが良くて穏やかに笑ってくれていたから、すっかり甘えてしまっていた。彼女は無邪気にボニフェースさまに感謝の気持ちを伝えることにさえ、気を遣っていたというのに。
まだ子どものクララが歩み寄ってくれたにもかかわらず、私は自分が恥をかきたくないということしか考えられなかった。私の弱さが、クララを思い切り傷つけたのだ。痛いのは突き飛ばされた身体ではなく、距離をとられた心のほうだった。
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