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自室の寝台でふて寝をしていたクララの元に行き、私もお行儀悪く寝転んでみた。
「ごめんなさい、クララ。私、無神経なことを言ってしまいました」
「ナンシー、本当に自分がお祝いされる可能性を考えなかったの?」
うろんな顔をするクララに、私は眉を下げ情けない顔で答える。
「ええ。まったく」
「嘘、信じられない」
「本当ですよ。私はね、ちょっと臆病なんです」
「わたしの部屋に大きな虫が出たら、使用人を呼ぶ前に倒してくれるのに?」
「子どもを守るのは、大人の当然の役割ですから。弱虫なのは、心の問題でしょうか。今までの人生の中で、悲しかったり、寂しかったりしたことが多いと、もうそんな思いはしたくないと思ってしまうんです。そしてこれ以上傷つかなくていいように、全部諦めてしまうんですよ」
「だから、母の日は自分に関係がないと思ったの?」
「ええ、最初から期待しなければ、がっかりすることも、寂しく思うこともないでしょう?」
「でもなんだかそれって、すごく悲しいわ」
「無条件で祝われるはずのお誕生日ですら忘れられていましたから。私を母として扱ってほしいなんて厚かましいこと、言えなかったんです」
どんなお祝いごとも、自分に関係ないものとして切り離すようにしてきた。そうすればいちいち心をざわつかせずに済む。
けれどだからと言って、クララの心を傷つけていい理由にはならない。自分からお願いすることが怖くて、けれど今こそはっきりと口にするべきだとわかっていて、私の手は小さく震えた。
「母の日の贈り物、まだ間に合いますか?」
「もちろんよ。お花もあげるし、ピアノだってたくさん弾いてあげるわ。叔父さまと一緒にナンシーは、たくさんワルツを踊るのよ」
「どうして、そこでボニフェースさまが出てくるのです」
恥ずかしい。まさか無意識の好意が駄々漏れだったのだろうか。
「だって、叔父さまのs」
「仲直りはできたかい?」
「叔父さま!」
「ボニフェースさま」
けれど、その疑問を確認することはできなかった。クララとボニフェースさまが楽しそうにじゃれ合っている。胸の中にあった寂しさはいつの間にか、どこかへ消えていた。
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