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満を持して臨んだ父の日当日。屋敷ではちょっとした騒ぎが起きていた。それというのも、招待した覚えのない派手な男女が一組屋敷に押しかけてきたからだ。浮気相手を連れてくるなんて、夫は良い度胸をしている。
絵姿でしか見たことのない私の夫は、ボニフェースさまによく似ていると思っていた。けれどこうやって両者を目の当たりにすると、ふたりは全然違うことに気が付く。
「こうやって屋敷に乗り込んできたということは、例の書類が手元に届いたということだな」
「まったく勝手な真似を。クララの父親はこの俺だ」
「あなたが欲しいのは、わたしの父親という立場ではなく、侯爵代理という地位だって知っているのよ。お生憎さま、侯爵代理の立場はナンシーが嫁いできてからとっくに彼女に移っているわ」
「そんなことが」
「できるのよ、侯爵代理になれるのは私の保護者。それはあなただけの特権ではないわ」
それは確かに聞いていた。今まではクララの母親が離婚を望んでいなかったことで放置されていたが、後妻がやってきてからも今まで通りの振る舞いはいただけない。浮気だけでも十分な醜聞だというのにクララの父親は、とんでもないことまでやらかしていたのだ。
「結婚以来ナンシーを放置し、隣の女と放蕩にふけっていた。その上、ナンシーの実家に散々に金銭を要求。断られるやいなや、応対をしていたナンシーの父親に殴りかかったそうではないか。警邏を呼ばれて慌てて逃げたとも聞いている。これらを踏まえて、兄上とナンシーの離婚と、僕とナンシーの結婚が行われたんだ」
「偽物の家族が何を言っている! 第一、俺は承諾していない!」
「犯罪者の兄上に拒否権はないよ。既に兄上は、我が家から除籍されているしね」
「わたしの両親は、ここにいる叔父さまとナンシー、そしてお墓で眠っていらっしゃるお母さま。あなたは、いらない」
「ねえ、ちょっとどういうこと。結婚したら、お金に不自由しない生活をさせてくれるって言ってたじゃない。それは全部ぱあってこと?」
不機嫌そうな若い女の声。その甘ったるく甲高い声には聞き覚えがあった。彼女は私の一番目の夫の腕に絡みついていた浮気相手で間違いない。
「あら、今度もまた私の夫と結婚することになさったのですか? 酔狂な方ですこと」
「何を言っているの?」
「以前お会いした際には、私の一番目の夫の子を宿しているという話でしたが、違ったのでしょうか? まさか出産後すぐに子どもを捨てたとでも?」
まったく世間は広いようで狭すぎる。
「他の男との子どもがいたなんて聞いていないぞ」
「あの女が適当なこと言ってるだけだってばあ。それにあたしのことを愛しているんだから、別にそれが事実でも関係なくない?」
「そんな阿婆擦れはお断りだって言ってんだよ」
「はあ、何よ。あんたなんか、侯爵代理の肩書がなけりゃただの屑男のくせに」
「おい、俺たちをどこに連れて行くつもりだ。離せ」
見苦しい言い合いを繰り広げる二番目の夫と、二回も私から夫を寝取った浮気相手が屈強な使用人に引きずられていく。彼らは借金の返済のために、炭鉱にて働かされることになるらしい。今までのツケが回ってきたのだと思ってもらうしかないだろう。
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