4月⑰

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郁哉はもう、ここの生徒ではない。 誰かに知られても支障はないとは思う。 だけど、万が一。変なふうに広まったりしたら困る。 「…なんで?」 この自動車学校に勤務してるからには常盤くんには守秘義務があるし、常盤くんが誰かに言いふらしたりするような人ではないだろうけど、でも念のため常盤くんの反応や答え方を確認してから質問に答えようと思った。 「この前金沢の彼氏ここに来たじゃん?その時、矢野さんと親しげに話してたし、他の指導員の人にも声掛けられてたから、ここ通ってたのかなぁって。」 そうだ。 郁哉が消防学校からそのまま来たと言ってここに来たあの日。 矢野さんと一緒に常盤くんもいて、あたしが郁哉といるところを見られている。 あの状況なら推測は容易だ。 どうしよう。 常盤くんに本当のこと言ってもいいのかな。 言ってもいいような気もするけど、でも何かのきっかけで広まって大事になったりしないかな。 「あ、別に答えたくないなら答えなくていいんだけどな。ちょっと気になったからさ。」 黙り込んだあたしを見て察した常盤くんは、そう言って笑い、パンをかじった。 その姿を見ながら、思考を巡らせ決意した。 「…常盤くんの思ってる通りだよ。」 「え?」 再びパンを口に運ぼうとした常盤くんの手元の動きが一瞬止まる。 そして、あたしと目が合う。 「彼氏…、ここの自動車学校に通ってたの。去年の12月まで。」
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