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あたし•金沢樹理亜は、自動車学校の受付事務として働いている。
4歳年下の彼氏である末永郁哉は、数ヶ月前まであたしの勤務先の自動車学校に通っていた生徒だった。
そんな彼に猛アタックされ、ちょっとしたきっかけで身体の関係が始まった。
いつの間にか彼に惹かれたあたしは、自分の気持ちを伝え、曖昧だった関係が恋人に変わり、現在に至っている。
「樹理亜さん、料理の腕上がったよね。」
「ほんと?」
「うん。ハンバーグめっちゃ美味かった。」
「よかった。」
陽が落ちる頃まで抱き合って、ようやくご飯の準備に取り掛かり、食べ始めたのは19時。
郁哉のリクエストがハンバーグだったから、デミグラスソースも頑張って手作りして、マカロニサラダとオニオンスープも作った。
本当はもう少し早くに料理に取り掛かって明日に備え郁哉を早めに帰そうと思っていたけど、郁哉の誘いを断りきれなくて結局予定時刻を大幅に過ぎてしまった。
「ねぇ、郁哉。もう8時過ぎてるけど、帰らなくて大丈夫?」
食後に郁哉が選んだケーキを食べて、ふと手元のスマホで時刻を確認したら、画面の時計は20:05を表示している。
「え?なんで?」
「明日早いんだよね?準備とかしないといけないんじゃない?」
「や、もう準備はしてあるから全然平気だけど。」
「そ、う…。」
明日から新しい生活が始まるというのに、この余裕はどこから来るのだろう。
緊張とか不安とかそういうのは彼にはないのだろうか。
「そんなに俺に早く帰って欲しいの?」
あたしの向かいでマグカップに入っているミルクティーを飲みながら、郁哉は冗談っぽく笑う。
「そうじゃなくて。明日のことを考えたら早く帰った方がいいのかなとか思って。」
早く帰って欲しいだなんて、そんなこと思うわけがない。寧ろその逆。帰って欲しくない。
今までみたいに普通に泊まって行って欲しい。
でも、明日は消防学校の入校式。
郁哉が長年の夢だった消防士になるための大事な日。
その大事な日の前日に、いつまでも引き止めておくほどあたしは無神経ではない。
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