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「…あの、ね。」
周囲を確認してから低めのトーンで紗季さんが言葉を紡ぐ。
あたしは紗季さんを見つめながら次の言葉を待つ。
「あたし…、妊娠…してて…。」
「えっ!?」
伏し目がちに呟いた後、苦笑いをした紗季さんの口から出てきたワードに驚いて大きな声が出てしまった。
少し離れた場所でお昼ご飯を食べている指導員達が何事と言わんばかりにこちらを見たから、「すみません」と言って頭を下げた。
まさか紗季さんから妊娠しているだなんて話聞かされるとは思いもしなかったから、とにかく驚きしかない。
「あの、妊娠って…、相手は矢野さん…なんですよね?」
今、休憩室には矢野さんはいないし、指導員達は少し離れたところで食事をしているから大きな声で話さない限りこちらの話の内容まで聞こえないとは思う。
とはいえ、念のため声のボリュームを下げ身を乗り出すように紗季さんの方に寄った。
「そう。相手は隼人。」
「じゃあ…、もしかして…結婚…するんですか?」
付き合っているんだし、妊娠をきっかけに結婚するカップルは多くいる。ふたりもきっとそのパターンに違いないと思ってそう言ったのだけれど。
「しない。」
「え?」
「結婚は、しない。」
「だって、赤ちゃん…産むんじゃ…?」
「産まない。堕ろそうと思ってる。」
横を向いてそう言った紗季さんの表情は険しいものだった。
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