4月⑥

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「末永はどうしてる?元気か?」 休憩室へ向かい歩き始めてすぐ、並んで歩いていた矢野さんが口を開く。 「はい。元気ですよ。先週から消防学校行ってて頑張ってるみたいです。」 「そうか。で、お前らは?順調?」 「おかげさまで順調です。」 「聞くまでもなかったな。仲良いお前らが羨ましいよ。」 力なく笑ってそう言った矢野さん。 いつもなら郁哉のことを話題にすると揶揄われたり、冗談を言ってきて話が広がっていくのだけれど、今日はそれがない。 そんな矢野さんの様子から、紗季さんのことで相当悩んでるのが窺えた。 休憩室に戻り、中に入るとテーブルに突っ伏している紗季さんが目に入る。 あっ!と思って、あたしが駆け寄るより先に、矢野さんが紗季さんのところへと向かった。 「門間。大丈夫か?」 屈んで紗季さんの肩に手を掛け、心配そうに覗き込む矢野さんのその姿は、誰がどう見ても恋人を心配する姿にしか見えない。 他の指導員がチラチラとその様子を見ているけれど、矢野さんは多分それを承知の上でその行動に出ている。 本気で紗季さんのことを好きな証拠だと思った。 「…あ…、隼人…、」 周囲に付き合っていることがバレないよう、あたしと会話する時以外、ここでは隼人呼びしない紗季さんが、気怠そうに顔を上げ矢野さんの姿を確認した瞬間、その名前を呟く。 それは、紗季さんがそこまで気が回らないような状態にあるからだと思う。 「調子悪いか?」   「…午前中はよかったんだけど、なんかだんだんだめになってきた。」 「だったら早く帰って休めよ。」 「…ん…、でも…。」 顔色が悪い紗季さんは、頭を抱えて下を向く。 「紗季さん。今忙しくないし大丈夫ですよ。休んで下さい。」 「そ、う…?」 「はい。紗季さんの仕事はあたしが引き受けます。」 「じゃあ…お言葉に甘えて早退させてもらおうかな…。」 「そうして下さい。」 「ありがと。」 あたしを見上げた紗季さんは、具合悪いながらも笑顔を見せた。
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