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振り返ってその姿を確認すれば、そこには矢野さんが呆れた顔で腕を組みながらあたし達を見下ろしていた。
今のこの時間は教習時間だけど、生徒はまばら。
4月の自動車学校は高校生がほぼおらず、居るのは大学生とか、大型免許取得の人なんかがほとんどで、高校生が居ない分忙しくないのだ。
指導員も今の時期は生徒があまり居ないから担当が付かないことも多々あって、矢野さんも今まさにちょうど担当が付いていない状態のフリーだった。
「いくら暇だからって受付カウンターで喋りすぎだろ。校長があっちで睨んでんぞ?」
親指を立ててクイッと校長がいる方を指した矢野さんのその先には校長の姿。
チラリとその校長の姿を見た限り、確かにあまりいい顔をしていない様子だったから、思わず視線を逸らした。
「仲良いのは結構だけど、そういう話は休憩中にしろよ。」
「…はい…。すみません…。」
矢野さんの指摘は尤もなことだったから、素直に受け止めて謝罪をする。
けれど、紗季さんは無言のまま矢野さんを見ようとせずふいっと正面を向いた。
矢野さんと紗季さんは付き合っている。
いつもなら紗季さんも普通に会話に混じるはずなのに、今日はそれもない。
「門間。後で話ある。」
「……。」
背中を向けたままの紗季さんに矢野さんが声を掛けるも、紗季さんはやっぱり無言のまま。
なんとなく、2人の間に重い空気が漂っている気がした。
矢野さんは、「今日お前んち行くから」と周囲に聞こえないようなボリュームで続けると、紗季さんは正面を向いたまま「わかりました」と、返事をした。
その返事を聞いた矢野さんは、自分の席へ戻って行く。
その後ろ姿をあたしはしばらく眺めた後、正面を向き直した。
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