吟遊詩人の逆襲

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「偉大なる神ゼファーが授けたもうお前のジョブは――」  ◆◆◆  ジョブ授けの儀式を終えて、15歳の俺は家に向かって歩いていた。  すぐ先の街角に、見覚えのある数人の人影がある。 「よう、マルコ。ジョブを授かってきたんだよな。どんなジョブだ?」  裾の長いシャツをだらしなく着くずしたチンピラっぽい男。こいつは幼なじみのビールスだ。  幼なじみといっても顔見知りというだけで友だちではない。年は向こうが2つ上だ。そのせいか、いつもあにき風を吹かせてくる面倒くさいやつだ。 「関係ないだろう。俺にかまうな」  俺は誰とも目を合さないようにして、ゆきすぎようとした。しかし、ビールスとその取りまきが道をふさいでくる。 「いきがるんじゃねえよ。しめられたいのか? ああん?」  ビールスが俺の腕をつかまえて、くさい息をはきかけてくる。ああ、本当に面倒な野郎だ。 「いいからいってみろよ。どんなジョブをもらったんだ?」 「吟遊詩人だ」 「なんだと?」  あたまの悪いビールスは一発で理解できなかったらしい。俺のジョブは「吟遊詩人」。めったに出ない、めずらしいジョブだそうだ。 「ビールス、吟遊詩人だってよ」 「なんだ、そりゃ?」 「酒場でうたってるやつのことじゃねえか?」 「ああん、『流し』ってことか? 歌うたいの?」  取りまきの中に少しは吟遊詩人のことを知っているやつがいた。説明を聞いて、ビールスもようやくなんのことかわかったようだ。 「歌うたいが戦えんのかよ?」 「さあな。スキル次第じゃねえか?」 「ふうん。……お前、どんなスキルを持ってんだ?」  仲間内でやり取りしていたビールスが、急に俺に質問を振ってきた。  スキルというものは本来身内にも内緒にするものだ。親しくもないこいつらに披露するいわれはないのだが……。 「ああん? 早くいえよ。こっちは待ってんだよ」  目を三角にしてすごんでくるこいつらは、俺が答えるまで見のがしてくれない。抵抗するだけ時間のむだだ。  ――痛い目に会うのも嫌だし。 「『うたう』だ」 「あぁ? なんだって?」 「だから、スキルは『うたう』だってば」 「なんだそりゃ? 『うたう』だと? だっせー! なんだそりゃ?」  チンピラどもは腹をかかえて笑いだした。くやしいが、ダサいと思っているのは俺も同じだ。  俺は歯を食いしばって、連中が笑い終わるのを待った。気がすんだら、通してくれるだろう。 「ひ、ひー。ほかにはどんなスキルを持ってんだ?」 「……ない」 「なに? スキルは『うたう』だけだと? どうやって戦うんだよ、お前? ひぃ、ひー」  ビールスはまた笑いの発作を起こした。  どうやって戦うのかだと? こっちが聞きたいわ! 顔が引きつるのを抑えながら、俺のはらわたは煮えくりかえっていた。 「おもしれぇ。こいつサイコーだぜ。――よし、決めた!」  げらげら笑っていたビールスが突然笑うのをやめた。  こいつにはこういうところがある。感情が突然切り替わるんだ。笑ったり、泣いたり、怒ったり。  話の途中で突然人を殴りつけたりする。頭の構造がどこかおかしいんじゃないかと、俺は疑っていた。 「ビールスぅ、決めたってなにを決めたんだよ?」 「明日ダンジョンにもぐるぞ。朝9時、広場に集合しろ!」  まったくの無表情でビールスが宣言した。  こういう顔をしたときのこいつはヤバい。人のいうことなどまったく聞かなくなる。 「わかったな、マルコ? 明日の朝9時だぞ。必ずこい。バックレたら、お前の家に火をつけるからな?」  目のすわったビールスが低い声ですごんできた。  ダメだ、こいつ。いかれちまってる。無視したら本当に火をつけるだろう。 「ダンジョンにいってなにをするんだ?」  せめて少しでも情報を集めておこうと、俺はビールスにたずねた。 「なにって? 馬鹿野郎! ダンジョンといったらアタックに決まってんだろう? お前にモンスター狩りをさせてやるってんだ!」  くそう。俺は明日ダンジョン・モンスターと戦わされるらしい。  冗談じゃない。そういうのは冒険者か騎士の仕事だろう。  解放され家に帰された俺は、朝までまんじりともせず、ダンジョンで生きのびる方法を考えつづけた。  ◆◆◆ 「おう、逃げださずによくきたな」 「きたくてきたんじゃない。ことわれば家に火をつけるだろう、お前」 「ガタガタいうな。さっさと出かけるぜ!」  俺たち5人は森にくわしいやつの先導で町の外に出かけた。  ビールスは俺の後ろに続き、逃げださないようにみはっているつもりらしい。  1時間歩いて森の外れに到着した。 「ここから森だ。気配を殺して歩けよ。獣を見かけたらマルコの出番だ。吟遊詩人とやらの実力を見せてみろよ」  聞けばダンジョンの入り口まではここからさらに1時間歩くらしい。思った以上にダンジョン攻略は大仕事だった。  荷物を担いで2時間歩くだけでもきついのに、その内半分は森の中だ。木々を避け、下ばえをかきわけての行軍にくわえ、気配を抑えて獣の襲撃にそなえなければならない。  1時間後、ダンジョンにたどりついたとき、俺はすでにへとへとだった。 「ふう、ふう。ビールス、ちょっと休ませてくれ」 「どうした、吟遊詩人。もうねをあげたか? だらしねえな!」  ビールスは草むらに膝をついた俺を見おろしながら、小馬鹿にした。  馬鹿にされるのは不愉快だが、いわれたことはそのとおりだ。俺には冒険者のような体力はない。  それでも他のメンバーもそれなりに疲れていたので、パーティーはダンジョンの入り口で小休止をとった。俺はダンジョン侵入にそなえて、持参した得物を準備する。 「おい。なにをしてる? なんだ、そりゃ?」  俺が持参した武器は手製の槍だ。といっても、天秤棒の先に包丁をしばりつけただけのものだが。 「お前、それでモンスターと戦う気か? ははは、こいつはいい! おもしろくなりそうだぜ!」  ビールスは俺の「槍」を見てご機嫌だ。なんとでもいうがいい。  そもそも、こいつは昔からそうだった。俺を馬鹿にしては優越感を味わっていたんだ。  町に来た田舎芝居を見たときだって、主役をまねした俺のことをさんざん馬鹿にしてくれたっけ。あんなものはこどもだましのインチキだ。お前はガキだ、間抜けだとひどいいわれようだった。  全員の呼吸が整い、準備ができたことをみさだめると、ビールスはダンジョン突入を指示した。   「なんだか薄暗いな」  ダンジョン内部は明かりがないのに、うすぼんやりと壁や天井が光っていた。夕暮れ時くらいの明るさだろうか。  しばらく歩いていると目が慣れて、さほど不自由は感じなくなった。  洞窟型のダンジョンは曲がりくねって続いており、枝わかれがいくつもあった。洞窟の途中にたくさんの部屋があるらしい。  第一階層はさんざん調査されており、ビールスたちは地図を持っている。命の危険をおぼえるようなモンスターもいないらしい。  慣れた足どりで進む斥候役の後ろを残りのメンバーがついて歩く。外でのフォーメーションと同じで、いちばん後ろにビールス、その前が俺という順番で一列に並んで歩いた。 「止まれ!」 「どうした? なにかあったか?」 「敵がいる。オークが2頭だ。前からこっちにくるぞ」 「よし、全員固まれ!」  ビールスの号令で俺たちは肩を並べて集合した。 「マルコ、うたえ!」 「なに?」 「なんでもいいからうたってみろ。俺たちメンバーのステータスを向上させる効果があるかもしれねぇだろう?」  あてずっぽうもいいところだが、ビールスは俺の歌に味方を力づける効果があるのではないかと疑っていた。 「なんでもといわれてもな。なにをうたったらいいものか……」  宴会でもない場所で急にうたえといわれても、すぐにはうたが出てこない。俺はぐっとつまって、もじもじしてしまった。 「吟遊詩人のくせに歌もうたえねぇのか? うたってみろ! 『元気になあれ!』だ!」 「♪げ、元気になあれ。元気になあれ。みんな元気になあれー……」  俺はガキの頃にうたった童謡を、必死に思いだしながら声をはりあげた。  われながらお世辞にもうまいとはいえない。ビールスは顔をしかめていたが、自分がうたえといった手前、一曲うたい終わるまでがまんして聞いていた。 「……終わったぞ。どうだ?」 「何も変わらねえ気がするな。おい、そっちはどうだ?」  メンバーに声をかけたが、みな首をひねっていた。  飛んだり跳ねたり、武器を振り回していたが、いつもと変わりなかった。 「この野郎! ぜんぜん効かねえじゃないか!」 「あいた!」  ビールスは腹を立てて、俺の頭をなぐってきた。乱暴なやつめ。だが、腕っぷしではかなわない。  俺は痛む頭をさすりながら、しかめ面をした。 「戦闘中でないと、効き目がないのかもしれない」  スキルの中にはそういうものがあると聞いた。俺のスキルもそれかもしれない。 「試してみなきゃわからねえか」  ぶつぶついっていたビールスが急に顔を上げた。 「よし! マルコ、お前が前衛になれ!」 「えっ? 俺は前衛なんてやったこと……」 「うるせえっ! いう通りにしねえと、ふくろだたきにしてオークに食わせるぞ!」  こうと決めたらビールスは他人のいうことなど聞かない。俺は無理やり隊列の先頭に押し出された。  覚悟を決めて槍を構えてみたが、両脚に力が入らない。膝がガクガク震えているのが自分でもよくわかった。  通路の奥からとうとうオークの姿が現れた。斥候がいったとおり、その数は2頭。前後に並んで歩いてきた。 「き、きた!」 「当たり前だ、馬鹿野郎! ほら、うたえ! うたってみろ!」  冷たい汗が背中と脇の下を濡らす。震えは大きくなるばかりで、止まらない。  それでも俺は歯を食いしばって腹に力を入れた。ちくしょう、死んでたまるか! 「♪元気になあれ。元気になあれ。みんな元気になあれー……」 「グルル……」  オークがこちらに気づいた。牙をむいて唸り声を上げながら、大またに進んでくる。 「ひっ! ♪あの子も元気。この子も元気。元気モリモォリー!」 「ダメだ。効かねえぞ!」 「馬鹿野郎! もっと大声でうたえ!」  俺たちから攻撃が飛んでこないのをいいことに、オークはゆったりと足を運んでいた。  俺は汗びっしょりになりながら、叫ぶようにうたった。 「♪筋肉モリモリ、夢いっぱい。なんでもかんでもどんとこいー!」 「ガオーッ!」  俺の歌がおたけびに聞こえたのだろうか。オークは俺に向かって全力で吠えた。  その声の大きさたるや、からだの前面がビリビリとしびれるほどだった。 「うわあーっ!」  俺は恐怖の限界まで達し、その場を走り出した。  槍を構えたまま、まっすぐ前へ。  人間パニックになるとなにをするかわからない。冷静な状態なら絶対に無理なのに、俺は逃げ出すつもりでオークに特攻をかけていた。  無我夢中に突っ走り、オークの腹に槍を思い切り突き出す。  オークの方も驚いたらしい。恐怖の匂いをさせていたちびの人間が、真っ向から攻めてくるとは思わない。  ぽかんとしている間に、俺の槍を腹で受けてしまった。  ぐさっ! バキッ! 「ウガアーッ!」 「ああーっ!」  槍の穂先、つまり縛りつけた包丁がオークの腹に刺さった。しかし、分厚い脂肪にはばまれて内臓はおろか筋肉にも届かなかった。  勢いに耐えきれず、やわな天秤棒は途中から折れた。  オークは腹を刺されて怒り狂い、腕を振り回して俺を払いのけた。  俺はその一撃で気を失い、パーティの後ろまでふっ飛んだ。 「畜生。隊列を組み直せ! 魔法でけん制する間に、矢を飛ばせ! お前らは盾を並べて構えろ……!」  ダンジョンの地面にたたきつけられた俺は、薄れてゆく意識の中でビールスが叫ぶ声と、戦いの喧騒を聞いていた。  ◆◆◆ 「う、いてて……」  気がつくと、俺は一人でダンジョンの通路に倒れていた。ビールスたちは俺を置いて立ち去ったらしい。  見捨てられた怒りよりも、生き残った安堵の方が強かった。 「助かった……」  死ぬかと思った。死んでいてもおかしくない。  オークはビールスたちが倒したとしても、ほかのモンスターが通りかかれば俺の命はなかったのだ。 「ちくしょう……。人をおもちゃにしやがって」  俺は地面にべったりとすわったまま、悔し涙を流した。  俺に力がないばっかりに、あんなチンピラに馬鹿にされ、死にそうな目に会わされた。俺がいったいなにをした?  ただ、変わったジョブをもらっただけじゃないか。 「吟遊詩人」。それがすべての原因だった。スキル「うたう」って、なんだよ?  俺のスキルに、いったいなにができるのだろうか? 「とにかく、ここを離れよう」  モンスターがきたら、今度は助からない。血だらけの体に無理やり力を入れて、おれはダンジョンの中で立ち上がった。  見つからないようにこっそり出口までいかなくては。  ボロボロの体でよろめきながら、俺はガキの頃に見た田舎芝居を思い出していた。ひねりもない勧善懲悪のストーリーで、強い勇者が悪者やモンスターを倒すというお話だった。  ビールスたちは鼻で馬鹿にしていたが、俺は勇者のお話が好きだった。どんなに追いつめられようと、勇者は決してあきらめない。不屈の闘志で立ち上がり、必ず敵を倒すのだ。 「♪どんなに敵が強くても、超人ライトはひるまないー。傷つき倒れたときにでも、超人ライトの闘志はもーえーるー……!」  俺は自分でも気づかぬうちに、田舎芝居のBGMを口ずさんでいた。大好きだった「超人ライトの歌」だ。  どれだけボロボロにやられても、超人ライトはあきらめなかったなあ……。 「♪怒りにもーえて宙を切るー。超人ライトの鉄拳だ! 強いぞ、勇者の一撃だ! 必殺パンチで岩くだけっ!」  うたいながら俺の中に力がみなぎってきた。昔見た劇の一場面。勇者ライトがポーズを決めて、パンチを繰り出す動きを知らない内にまねていた。  ガラガラ……。 「う、嘘だろ……」  俺の目の前で、拳を受けたダンジョンの壁が音を立てて崩れていた。 「なんだこれ? 超人ライトの必殺パンチ……。歌のとおりじゃないか!」  俺のスキル「うたう」とは、うたった内容を自分の体で現実化する能力だった。  そう悟ったとたんに、スキルの全貌が光を当てたように見通せた。 「そうか。『元気になあれ』が効かなかったのは、俺自身に向けていなかったせいだ。そしてなによりも、心から信じていなかったからだ!」  超人ライトは俺にとって本物の勇者だ。疑いのない心でうたった結果、俺の体に勇者の力が宿ったんだ。  それなら――。 「やり直しだ」  俺はこぶしを握り締め、ゆっくりと振り向いた。  ダンジョンの深い闇に正面から向き直り、堂々と胸を張る。 「♪どんなにくらーい夜だって、超人ライトはひるまない。光ーれ、超人ライトアイ! 闇を斬り裂く、正義のひかーりー!」  俺の両眼からまばゆい光が放たれた。ダンジョンの通路が昼間のように明るく照らし出される。 「♪叫ーべ、超人。マイティコング! 剛力無双の相棒だ! 戦えー、ライト―! 負けるな、ライト―!」  俺の隣に大きな光が輝き、中から巨大なゴリラが出現した。そう、こいつの名前はマイティコング。超人ライトの相棒だ。  その力は鉄を砕き、口から炎のブレスをはく。 「♪ゆけ、ゆけ、コーング! 戦え、コーング! 勇者とともに悪をたーおーせー!」 「ウオーッ!」  俺たちはダンジョンの奥へと進んだ。出会うモンスターは鎧袖一触、なぎ払い、吹きとばした。  どんなモンスターも俺たちの敵ではない。  なぜなら俺は無敵の勇者「超人ライト」なのだから。  五層目まで降りたところで、前方に見慣れたパーティが見えてきた。いままさに交戦中らしい。  一つ目の巨人を相手に、ドタバタと苦戦していた。 「踏ん張れ! 盾で押さえろ!」 「ああっ! 無理だ! 相手が強すぎる!」 「矢を飛ばせっ! どうした? 当たらねえぞ!」 「無理だよ、ビールス。動きを止めてもらわないと……」  剣士二人がかりで巨人の動きを封じようとしているのだが、相手は三メートルの巨体だ。まったく通用しない。  斥候が飛ばす矢は威力が足りず、体に当たってもはね返される。急所の眼を狙いたいのだが、自由に動かれては的が絞れない。  俺は地面に腰を下ろして見物を決め込んだ。  ビールスさまの活躍ぶりを拝見しようじゃないかと。 「サイクロプスを通すな! とっておきの魔法をくらわしてやる!」  ビールスは呪文の詠唱を始めた。 「火の神マシスにわれビールスが願う。わが差し出す魔力と引き換えに、破邪の業火をたまわるべし。火はごうごうと……」 「だめだあー!」  前衛の剣士たちがサイクロプスに吹きとばされ、詠唱途中のビールスをまきこんで地面にころがった。  ありゃありゃ、あれは痛そうだ。 「いてて……。早くどけ! もう一度あいつを止めてこい!」 「無理だってー。もう逃げようぜ」 「ちくしょうー。こんなやつに出くわすなんて……。お前、そこでなにしてる?」  おっと。ようやく俺に気がついたようだ。 「なにって見学さ。先輩の戦いっぷりを勉強させてもらおうと思って」 「なんだとぉ?」 「ビールス! もうだめだ! なんとかしてくれ!」  サイクロプスを引き留めようと、必死に斥候がとびまわっていたがさすがに息が上がってしまった。 「時間稼ぎもできねぇのか! だらしねえやつらだ。呪文詠唱ができないじゃねえか!」  どうやら魔法使いのビールスさまは、短縮詠唱も詠唱省略もできないらしい。  こいつとは落とし前をつけなければならないが、それには時間が必要だ。 「しょうがない。俺がかたづけてくるよ」 「なに? お前、なにを馬鹿なこと……」  超人ライトも格好よかったが、俺は別のお気に入りヒーローを登場させることにした。 「♪人―が呼ーぶー、風が呼ぶ。悪―を倒せと天が呼ぶー」 「お前、なにをのんきに……」 「♪その名はウインダス、ハリケーン・ウインダス。風ーと共にー、ふーき荒れろ!」  その瞬間、俺の体は見えない風となってサイクロプスに襲いかかった。 「♪ウインダス・カッター、敵を切るー」  俺はかまいたちを飛ばして、サイクロプスの全身を切り刻んだ。 「ウモーッ!」  苦しむ巨人は両腕を振り回すが、俺を捉えることはできない。  なぜなら俺は風神「ハリケーン・ウインダス」なのだから。 「♪ウインダス・ショットは、敵を撃つー」  暴風が、地面に転がる岩石を吹きとばした。サイクロプスは岩石を受けて、大きくよろめいた。  おお。あれをくらって立っていられるとは、頑丈なやつだね。  さすがにダメージは大きく、サイクロプスはふらついている。  いまがチャンスだ! 「♪いまーだ、必殺トルネード! 正義の力で、あーくーをーうーてー!」  俺はスピードを全開にしてサイクロプスの周りを走り回った。たちまち起きる大竜巻!  サイクロプスは空中高く舞い上がり、風の力でバラバラに引き裂かれた。 「な、なんだ、俺は夢でも見てるのか?」 「よう、ビールス。置いてきぼりとはつれないぜ」 「お、お前、マルコだよな?」  ビールスは飛散したサイクロプスの死骸と俺の顔を見比べて、おろおろと混乱していた。 「もちろんさ。置き去りにされて、いまごろはモンスターに食われているはずのマルコさ」 「うっ。お前いったいどうやってここまで来た?」 「見ての通り。俺は歌に出てくるヒーローになり切れるんだ」 「そんな馬鹿な。そんなスキル、聞いたことがない」  まだ信じられずにいるビールスの胸倉を、俺は片手でわしづかみにした。 「♪俺は鉄腕三太郎ー。そんじょそこらのワルじゃない―」  田舎芝居のヒーローは正義の味方ばかりじゃない。アウトローだって、ちゃんといるのだ。  俺はビールスを街まで引っ張っていき、裸にむいて広場にさらしてやった。 「♪やられた分はやり返す―。情け無用の悪党さー」 「俺が悪かった。マルコ、勘弁してくれ!」  手足を縛られたビールスが俺に懇願してきた。 「俺に手を出したのが、運のつきだぜ」  ここは「せりふパート」だ。 「♪俺は群れない、へつらわなーい。天下御免の、てんかごーめんの一匹オオカミー」  決まった!  俺は夕日に向かって去っていく。  なぜなら俺は無頼の勇者「鉄腕三太郎」なのだから――。 (完)
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