4 つらい宣告

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「あの、生活を改善すれば無精子症ではなくなるんですか?」 「生活指導はあくまでも基本的なことなので奥さまも同席のうえでお伝えしました。改善が見込める無精子症かどうかはこれから視触診しますので、奥さまは診察室の外のソファにてお待ちください。」  私は一礼して診察室を出た。タクミ、かなり落ち込んでたな。さっきは外食して帰ろうって言ってたけど、そんな気分にはなれないだろうから、これから帰ってタクミの好きなチキンカレーでも作るとしよう。鶏肉とじゃがいもを買って帰らないと…。なんて考えていると、診察室の扉が開いてタクミに「もう一度入って。」と呼ばれた。 「えー…。塩谷さんの陰のうの視触診の結果ですが、精索静脈瘤はありませんでした。睾丸がやや小さく柔らかいことから非閉塞性無精子症と思われます。ホルモン値や遺伝子検査をすればより詳細なことが判明します。しかし、残念ながらこちらのクリニックでできることは精液検査までで、無精子症と診断された方には顕微鏡下精巣内精子採取術(けんびきょうかせいそうないせいしさいしゅじゅつ)(MD-TESE)という手術を案内しています。」 「益田(ますだ)先生、その手術はこのクリニックで受けられるのですか?」 「ここでは実施していないので、私の勤め先でもありますが、提携病院である藍原(あいはら)病院で指定された日に受けていただくことになります。」  タクミは両手で顔を覆った。休みが取れるかとか上司の理解が得られるかとかきっとタクミが今悩んでいるのはそういうことだろう。休むとなると自分が無精子症だということも説明しなければならなくなる。それはおそらく男性にとってはつらいことなのだろう。 「タクミ、手術を受けるかどうかはまた考えるとして、どんな手術なのかとかリスクに関することとか先生に詳しく説明してもらおう。」 「それもそうやな。先生、お願いします。」  益田先生によると、非閉塞性無精子症とは下垂体ホルモン値の異常や性染色体の異常などに起因する造精機能障害で、造られる精子がかなり少ないか、もしくは精子を造れない状態らしい。今回提案されたMD-TESEとは陰のうを切開して精巣を取り出し、手術用顕微鏡を使って精巣内の精細管組織というものを採取する手術で、その精細管の中から精子を探し出して凍結保管するのだそうだ。しかし、精子が見つかる確率は30%程度とも言われている。  手術時に全身麻酔を行うので麻酔によるアレルギー反応が出るおそれがあること、切開部分の痛みは数日は続くし、切開部分が化膿することもある。精巣を侵襲するため、術後は男性ホルモン値が過度に減少するリスクもある。  手術当日は感染症の検査を行うので午前中から病院に来院し、感染症の検査が陰性であれば午後からMD-TESEを行う。術後当日はそのまま一晩入院し、何もなければ翌朝退院となるが仕事は避けて安静に過ごすのが望ましい、ということだった。
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