4 つらい宣告

3/3

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
 益田先生からの説明が一通り終わったあと、タクミは「もし手術をするならいつまでに、どこに連絡したらよろしいですか?」と先生に質問した。次の男性不妊外来はお盆休みのために1ヵ月飛んで9月になってしまう。診察のタイミングでしか手術を申し込めないとしたら、もう今日この場で決断するしかないのだろうか。 「こちらのクリニックの患者さまがMD-TESEを希望されるなら、診察のタイミングでおっしゃっていただくしかないのです。なぜなら精子を採取できた場合、こちらのクリニックに凍結保管した精子を移管しなければならないので、いつ、誰が、MD-TESEを受けるのかということをカルテに記録しなければならないからです。」  さっき「あなたは無精子症だ」と言われたばかりで、さらに精巣を切開する手術をするかどうか即決しなければならないなんて、あまりにも酷だ。 「塩谷さん、お仕事のご都合もあるでしょうし、この場で返答するのが難しいのであれば、次回の男性不妊外来を予約してからお帰りいただいて、奥さまと一緒にじっくりと考えてください。リスクもありますし、費用もそれなりにかかりますから。」  身体にメスを入れるんだから麻酔が切れたあとの痛みは相当だろう。切開部分がデリケートゾーンだし、術後暫くは日常生活も大変そうだ。タクミにつらい思いはなるべくしてほしくない。 「それに先ほども少し申し上げましたが、ここのクリニックではホルモン値や染色体の検査をしていませんが、そういった検査をしたうえで精子が見つかりそうだという判断を以てMD-TESEを行っている医療機関もあります。セカンドオピニオンということで別の医療機関を受診されることも選択肢としてありますから、熟考なさってください。ちなみに非閉塞性無精子症の方はMD-TESEによって精子が採取できたとしても数はかなり少ないですので、不妊治療の選択肢は顕微授精しかありません。顕微授精は奥さまの身体的負担も大きいですから、心積もりしておかれるのが良いと思います。」 「分かりました。ご丁寧にありがとうございます。」  ふたりで先生に「ありがとうございました」と一礼して診察室を出てから、待合室で会計を待っている間、タクミは足元を見つめたまま一言も話さなかった。私はタクミに掛ける言葉が見つからないまま、ただただ空気のように隣に座っているしかなかった。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加