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「いろいろな原因があるんやね。」
「うん。原因が分かるだけまだ良いよな。原因不明が一番イヤ。」
「ほんまそれ!」
8月10日、タクミの血液検査の結果が告げられる日がやってきた。
担当の取引先がお盆休みに入るのに合わせて休暇を取る社員もいたり、働き方改革の一環とかで上司が率先して休暇を取ったりと、オフィスの人口密度がやや低下して、社内もどこかのんびりムードだ。
そんな中、私だけがタクミの検査結果を気にしてソワソワしている。私が心ここにあらずだったせいで小さなミスが相次ぎ、課長に注意されてしまった。
「塩谷さん、上の空で仕事したらあかん。」
「すみません。今日は夫が受けた血液検査の結果が判る日なんです。結果が気になってソワソワしてしまいました。仕事に私情を持ち込んですみません。」
「旦那さんのこと心配なのは仕方ないけどな。山中くん(係長)も佐藤くんも休暇やし、係ひとりで回すのも大変やねんから自分のミスで余計な仕事増やしたらあかんで。」
「はい、気を付けます。」
課長から注意を受けたあとはどうにかミスせずこなして、終業を迎えた。帰宅途中、スーパーに立ち寄ってパックサラダと特売品の豚ミンチと茄子とピーマンと、珍しく缶ビールを買った。
帰宅してすぐに缶ビールを冷やし、お米を炊いて、今日買った食材と冷蔵庫に残っていた人参で麻婆茄子を作った。タクミからの連絡はまだないので、先にシャワーを浴びることにした。
シャワーを済ませてヘアドライヤーをしている最中にタクミが帰宅した。
「お帰り!お疲れさま。すぐに麻婆茄子温めて夕飯の準備するね。」
「マナもお疲れさま。」
タクミの顔は見えなかったけれど、肩のラインが落ちて声に元気がない。結果が良くなかったことが想像できる。
サラダとご飯と麻婆茄子と卵スープ(インスタント)を配膳し終わったところでタクミが席に着いた。
「さっ!食べよう!缶ビール冷やしてるんやけど、飲む?」
「あ、缶ビールあるん?ほんならいただこうかな。俺だけ贅沢やん、ありがとう。」
私は2人分の麦茶と缶ビールとグラスを運んだ。
「では、いただきまーす。」
「いただきます。」
タクミのビールグラスと私の麦茶のコップで乾杯して夕飯を食べ始めると、タクミが検査結果について話し始めた。
「単刀直入に言うと、俺には精子がない。MD-TESEはできひん。」
「えっ?」
「俺はY染色体微小欠失で、Y染色体の精子の形成に関わる部分がないらしい。先生曰く、俺は【AZFb】がないらしくて、【AZFa】【AZFb】領域がない人は精巣内にも精子がないんやって。やからMD-TESEは受ける意味がない。」
「そんな…。」
タクミは「ごめん、マナ。」と俯いて静かに泣いていた。私もタクミとの子どもを産むことが叶わないと分かって、タクミの方がつらいのは分かっていたけど、私も涙が止まらなかった。
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