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そしてタクミは驚くべき提案をしてきた。
「マナ、俺はマナと俺の子どもがほしい。」
「私も気持ちはタクミと同じやけど…。」
「兄さんに精子を提供してもらわれへんか頼んでみる。」
「…!」
「俺がどうしても俺の子を育てたいなら、正攻法の選択肢としては3つある。①里親制度、②特別養子縁組制度、③非配偶者間人工授精や。」
AIDは夫が無精子症で夫婦間では絶対に妊娠できない夫婦だけが受けられる特別な措置だ。感染症検査とか厳正な審査に合格した匿名の医学部生の精子が使われるらしい。ただAIDによって生まれた子にその事実を明かすのか、事実を明かしたとして自分自身の父親が誰であるかわからないのでその子のアイデンティティ形成に関わる問題もある。
「マナは南田レディースクリニックの検査でも今のところ異常は何も指摘されてないし、年齢的な要因以外は特に問題ないんやと思う。だからAIDでもたぶん子どもは授かれるやろうけど、俺はクォーターでもこのとおりゲルマン系が強い顔やし、日本人の平均身長よりもかなり高いから、マナと匿名の誰かの子どもが生まれたとして、かなりの高確率で俺が父親でないことは外見的に子ども自身が気付くと思う。もしかしたら子どもが周りからの好奇心や悪意にさらされて傷付くかも知らん。俺たち兄弟はよく似てるって言うか、兄さんの顔もゲルマン系が強い方やから兄さんが精子を提供してくれたら俺とマナの子どもを諦めんで済むと思うんや。」
私はお義兄さんのお子さんたちの顔を思い浮かべて、確かにワンエイス(8分の1)なのであまりヨーロピアン感はないけれど、長女も長男も鼻筋の通ったくっきりした顔立ちだったと思う。
「これって俺のエゴなんかな?無精子症の俺にはマナと子どもと幸せな家族になりたいと願う権利もないんかな?」
タクミの悲痛な言葉に私も胸が詰まる。私もタクミと子どもと幸せな家族になりたいと願って不妊治療を始めたのにこんなことになるなんて。
「私もお義兄さんに協力してもらえるなら…まぁお義兄さんだけじゃなくお義姉さんにも承諾を得なあかんやろうけど…タクミとの子を諦めたくない。でも、AIDはあくまでも匿名の第三者の精子を使うんやんね?親族の精子を使える医療機関なんてある?」
「さっき調べてたんはそれやねん。公表している医療機関は1つだけある。長野県やけど…。だから大阪府内で探す。」
※日本産婦人科学会は、提供精子や提供卵子による非配偶者間体外受精を認めておらず、このような治療をしていることを公にすると会の方針に背いたということで日本産婦人科学会から除名されますが、2020年時点で唯一、長野県にある諏訪マタニティークリニックが親族間の提供精子、提供卵子による体外受精を行っていることを公表していました。
日本生殖医学会は非配偶者間体外受精を認めていく方向性を示していることから、今後は親族間の提供精子や提供卵子、民間の精子バンクの提供精子による体外受精も公認されるかも知れません。※
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