14人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
8 塩谷家
箕面市のタクミの実家にやって来た。
「マナさん、急やったのによぅ来てくれたねぇ。タクミが突然も突然、『明日そっちに行くから。まだマナには都合聞いてないけど、たぶん一緒に行くから。』って連絡してきてなぁ。何時頃行くとか食事用意しといてほしいとか、もっと言うことあるやろって…。」
「お義母さん、突然押しかけてご迷惑お掛けしてすみません。」
「迷惑やなんて。マナさんもタクミの思い付きに振り回されて困るでしょう。こんな息子でごめんねぇ。」
「母さん、そんなん言わんでええねん…。それよりこれ近所の老舗和菓子屋で買うた羊羹やから冷やして食べて。」
お義母さんは京都出身だ。関西弁でも私の話す言葉と違って上品さがある。
リビングにお義父さんとお義兄さんが入ってきた。ハーフのお義父さんはやはり日本人離れした目力の強さと彫りの深い顔立ちで、お義兄さんはお義父さん程ではないけれどやはり目力が強くて彫りの深い顔立ち。タクミ曰く【ゲルマン系の強い顔】だ。
「マナちゃん、久しぶりやね!」
「マナさん、よぅ来てくれたね。タクミが昨日いきなり『明日そっちに行くから』って連絡してきてな…」
「父さん、それ母さんが今話したからもうええねん!」
タクミが慌ててお義父さんの話を遮って「それより!」と本題に入ろうとした。
「もう、そんな突っ立ってんと早よぅ座りぃな。巨人が3人も立ってると威圧感すごいで?」
お義母さんが着席を促し、紅茶とクッキーを用意してくれた。
「タクミが何かシュウに真面目な相談があるとか。私と主人も同席しててええの?」
「うん、母さんと父さんは立会人ってことで。」
「なんや、タクミ。俺に相談って言っても借金の相談はあかんで。」
「茶化さんでええねん!」
タクミの家族はとても賑やかだ。お義父さんの名前、礼恩は今どきの子どもの名前みたいだけれど、オランダ人(母)と日本人(父)が、68年前にオランダ感を残しつつ漢字で付けられる名前を考え抜いて付けた名前なのだろう。以前、お義父さんがお酒の席で「昔はこの顔と名前のせいでよく仲間はずれにはされたが、身長は誰より高かったし、この彫りの深い顔が怖がられとったんか、いじめられたことはなかったな!ただ最初から日本で暮らすんやったらもっと太郎とか日本人らしい名前をつけてくれれば良かったのにとは思っとったんや。まぁ太郎って顔とちゃうけどな。ハハハ!」と豪快に笑って子ども時代の話をしていたのを私は思い出した。
「兄さん、真面目な話やからちゃんと聞いてや!」
「あぁ、すまん、すまん。」
タクミはふーっと一息吐いて、お義兄さんの方へ向き直り背筋を伸ばして言った。
「実は、俺には精子がない。だから兄さんの精子を俺とマナの不妊治療のために提供してもらいたい。」
「…。」
お義兄さんは目をシバシバさせて絶句し、お義母さんは手を口に当てて驚いていて、お義父さんは天を仰いでいた。
最初のコメントを投稿しよう!