8 塩谷家

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「6月から俺とマナは不妊治療クリニックに通い始めて検査をしてたんや。それで、精液検査で俺が無精子症ってことが判ってん。原因が性染色体の異常で、精子が少ないとかじゃなくて、そもそも精子が造られてないねん。生活改善とかサプリメントとか薬とかで精子を造る機能が回復することもない。でも俺はマナとの子どもを諦めたくないねん。俺のエゴやねんけど…。兄さんに精子提供者として協力してほしい。どうか、どうかお願いします。」  タクミはさっきより詳細な説明をしたうえでお義兄さんに頭を下げた。私も「私からもどうかお願いします。」とタクミの隣でお義兄さんに頭を下げた。タクミはこのままだと土下座しそうな勢いだ。 「タクミ、マナちゃん、取り敢えず頭を上げてくれへんかな?タクミなんか俺がこのまま黙っとったら土下座しそうな気配やし。」  さすがお義兄さん、実弟のことをよく理解していらっしゃる。お義兄さんは言葉を続けた。 「タクミとマナちゃんが子どもがほしい気持ちはよく分かった。でも子どもを育てる方法は里親制度とか特別養子縁組もあるやんか。血筋にこだわる理由は何なん?」 「里親制度も特別養子縁組制度もあるのは知ってる。でもマナは検査で異常は指摘されてなくて、普通に子どもを産むことができるのに、俺のせいでマナが自分の子を諦めなあかんのはマナに申し訳ないし、マナと血の繋がった孫の顔を見せられへんのはマナのご両親にも申し訳ない。血筋の問題と言えばそうやけど、マナの産む権利の問題でもある。」  タクミがそんな風に考えてくれていたことを知り、私は少し泣きそうになってしまった。 「なるほど、マナちゃんとマナちゃんのご両親に申し訳ないというのも分かった。で、仮に、仮にやで、俺が精子提供したとして、無事に子どもが産まれたとする。その子はマナちゃんの子ではあるけど、遺伝子的にいうとタクミの子じゃない。それでもタクミは我が子として愛情を持って育てられるんか?遺伝子的には兄貴の子が、先天的に病気や障がいを背負って生まれてきたとしても、タクミは自分の子として責任を持って育てられるんか?」 「当然や。マナの子どもは俺の子どもや。」 「父さん、母さん、揉めたときはタクミの今の言葉の証人になってや。」 そう言ってお義兄さんの硬かった表情が柔らかくなった。 「兄さん、協力してくれるん?」 「いや、俺の一存だけでは決められへん。俺にも家族がいるからな。マナちゃんと俺との間に隠し子がいるとか誤解されたらかなわんから、京香(きょうか)にはちゃんと説明しとかなあかんやろ。やからタクミが無精子症ってことも京香には話すで。」  京香さんはお義兄さんの奥さんだ。取り敢えずお義兄さんは精子提供について前向きに考えてくれているようだ。タクミと私はお義兄さんの手をがっしりと握ってお礼を言った。 「兄さんありがとう!」 「ありがとうございます!」 「いや、まだ協力できると決まったわけやないから!礼を言われるには早いって!」
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