8 塩谷家

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 それまで立会人に徹していたお義父さんが「シュウ、京香さんによろしく頼むわ。」と言った。そこへお義母さんが「でも…」と言いにくそうに話し出した。 「自分の子を育てるのも大変やのに、他人の子を自分の子として無償の愛で育てるのはもっと大変よ?さっきシュウも言ってたけど、例えば、シュウの精子で生まれた子どもが、今はこんな言葉は使(つこ)たらあかんのかも知らんけど、健常児じゃない場合、ただでさえ大変な育児はもっと大変や。幸いシュウもタクミも健康に、順調に、育ってくれたけどね。場合によってはタクミやマナさんが子どものケアのために病院やら療育施設に通うこともあるかも。想像つかんと思うけど実際にそういうご家庭もあるわけやから、そうなったときにタクミは精子提供したシュウに対して絶対に責任転嫁しないと言えるんか?マナさんだけにしんどいこと押し付けたりせんか?子どもはモノじゃなくて命そのものなんやから、苦しいときでも絶対にから逃げへんという強い覚悟を持ちなさいよ。」  お義母さんの言葉はとても重かった。お義父さんが「郁実(いくみ)、そんなキツく言わんでもええんちゃうかなぁ…。」とお義母さんをたしなめたが、お義母さんにキッと睨み付けられて口をつぐんだ。お義兄さんやお義母さんが指摘したことは私の陳腐なドラマ脳では思い付かなかった問題だった。私はお義兄さんのせいにするつもりは微塵もなかったけれど、精子を提供する側はそういう懸念事項があるんだと思い知った。精子提供者がもしも極度のアレルギー体質だったらそれが子どもにそのまま遺伝することもある。だからAIDに使われる精子は厳正な審査を合格した倫理観のある医学部生の精子だけなのだ。 「正直なとこ、そこまで考えてなかったけど…。そもそも兄さんの協力がなければ俺がマナとの子どもを育てることは不可能なわけやから、子どもに関して兄さんを恨んだり責任転嫁することはありえへん。そんで遺伝子上の父親が兄さんであることは子どもには絶対に知らせへん。必ず俺が父親として子どもを育てる。」 「よっしゃ、分かった。京香にもその旨ちゃんと説明するわ。返事は追ってするから待っといて。」  その後は和やかな雰囲気で塩谷家の団欒が続いた。お義兄さんにお子さんたちの写真を見せてもらったり、お義父さんがお義母さんの誕生日のためにクッキングスタジオで習ったケーキを焼こうとしたら突然オーブンレンジが壊れてしまって、ケーキとオーブンレンジを買いに行く羽目になった話を聞いたり、タクミが昔好きだったヒーロー戦隊のプラモデルが押入れの中から出てきて、売りに行ったら500円の値がついた話を聞いたりして楽しい時間を過ごした。(タクミは子どもの思い出の品を勝手に売るなと突っ込んでいた。)  
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