あなたに会いたかった

1 スタート

「まだまだ検査項目があるので、当院での指導によりタイミング法を行うのはまだもう少し先になりますからね。」
「はい。」
「えー…旦那さんの精液検査は持ち込み希望でしたかね？直接来院でしたかね？」
「来院に予約は不要なのですか？」
「男性の精液検査は予約は不要です。」
「そうなんですね。夫と相談しますので、念の為、採精キットは持ち帰らせていただきます。」
「では採精キットの説明をします。この紙袋の中身が採精キット一式です。紙袋の中には採精容器と採精時の注意書き、塩谷さんの名前と診察券番号を印字したシールが2枚入っています。そのシールの枠内に禁欲期間と採精時刻を記入し、採精容器の側面と蓋に1枚ずつ必ず貼ってください。あまり禁欲期間が長いと精子が死んでしまうのですが、採精前の3日間は必ず禁欲してください。採精容器内は滅菌されていますので、採精時まで蓋は開けないことと容器の内側には手を触れないでください。採精前は必ず手を洗い清潔にしてください。コンドームは使用しないでください。持ち込みの場合、出来れば採精後2時間以内に提出していただきたいのと、当院までの道中は採精容器をタオルなどで包んでいただき懐(ふところ)などに入れて体温で温めながら運んできてください。今お伝えしたことは注意書きにも書いてありますので旦那さんにもしっかり読むように伝えてください。」
「分かりました。」
「本日の診察は以上ですが、何かご不明な点などありますか？」
「今日初めて不妊治療専門クリニックに来たので、何が分からないのかもよく分からないのですけど…検査での来院はあと何回くらいあるのでしょうか？」
「月経周期に応じて検査をしていきますので、検査だけですとあと2〜3回は通院していただくことになります。」
「そうですか。ありがとうございます。」

　私は診察室を出た。不妊治療についてもっと事前にいろいろ調べておくべきだったと後悔する。不妊治療というセンシティブな内容だけに、同僚におおっぴらにする必要はないけれど、通院を始めるにあたって上司だけにでも、今後不妊治療の通院のために急遽休暇を取らせてもらうことが増えることを相談させてもらえば良かった。検査だけで月経周期に応じて何度も通院しなければならないなんて、思ってもみなかったのだ。
　会計をしてクリニックを出たらもう12時前だった。ここはオフィス街だから12時になるとこの辺りの手頃な価格の飲食店は一気に昼休みの会社員でごった返す。私はランチの店はもう少しオフィス街から離れた場所で探すことにした。