10 再開

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 電話を終えたタクミは溜め息を()いた。 「俺の精子がないせいでいろんな人に迷惑掛けるんやな。それでも子どもを授かりたい俺って欲が深いかな?マナにも負担かけるし。」 「もう!タクミ!子どもを授かりたいのは私も同じやねんからそういうことは今後一切口にしないこと!ええね?」  私はタクミに喝を入れると同時に、私も今後不妊治療で経験するであろう痛みや不調で弱音は吐かないとひっそりと決意した。(が、その決意は後々簡単に崩れ去ることになる。)  今日10月1日土曜日はタクミの男性不妊外来の初診と私のオンライン診療後初の通院だ。男性不妊の問診票の既往歴や生活習慣については待合室でお義兄さんとタクミがメッセージをやり取りしながら記入した。  先週提出した精液検査の結果は思ったほど芳しくなかった。男性不妊担当の松山という医師は、にこやかな笑顔を浮かべて、検査結果を解説しながら問診票を見て生活習慣の改善を勧めてきた。 「塩谷(しおや)(たくみ)さん、禁煙する方向で頑張りましょう。精子の数はそれなりにあるんですがね、精子の形態異常が多いのと運動率が良くないですね。だから男性不妊外来に来られてるわけですけどね。まぁ精液検査はその時のコンディションによって毎回結果が変わりますから、今回の結果が良くなかっただけかも知れません。しかしこの所見では、奥さんの治療は体外受精よりも顕微受精がベターですね。顕微受精は精子の運動率が50%を下回る場合にお薦めしています。形態異常の精子は受精したとしても受精卵の発育に良くないと言われてますしね。」  ふたりで一礼して診察室を出ると、タクミは頭を抱えた。 「所見良くなかったなー。兄さんが喫煙してるのは知ってたけど。」 「お義兄さん、高校の教員っていう仕事柄、ストレスで休み時間はついつい吸ってしまうんかな?」 「まぁ協力を頼んだのは俺やし。そもそも俺は形態異常や運動率以前に精子がないからな。」 「体外受精も顕微受精も私が採卵手術を受けるのは一緒やし。まぁ費用は違うけど。先生が顕微受精が良いって判断なら私はそれに従うわ。」 「塩谷(しおや)茉奈(まな)さん、診察室1にお入りください。」  タクミの診察とは違う先生が担当みたいだ。診察室に入るとオンライン診療を担当してくれた栗本先生がいた。 「塩谷です。よろしくお願いします。」 「先日は体外受精と申しましたが、精液の所見がよろしくないので、顕微受精が良いでしょう。採卵について、当院は患者さまからお申し出がない限り、自然周期ではなく刺激法で治療を進めています。自然周期というのは文字通り自然なので、1サイクルで取れる卵子は基本的に1つです。刺激法は薬によって1サイクルで複数の卵胞を成熟させ、複数採卵します。採卵後、成熟した卵子を顕微受精させ、培養した胚を凍結します。採卵後に卵巣が腫れて痛みや発熱などの症状が出ることがありますので新鮮胚移植は出来ません。胚は培養後5日か6日目の胚盤胞で凍結します。塩谷さんの詳しい治療プランはこちらの書面のとおりです。よくお読みいただき、ご納得いただきましたらご夫婦で署名捺印のうえ、こちらの封筒で速やかに郵送してください。ご不明な点はフリーダイヤルまでお問い合わせください。」
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