12 採卵までのあれこれ

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 オビドレルは細い注射器に既に薬液が充填されているタイプで私は少しほっとした。その他の注意事項は、化粧やマニキュアはしないことや、採卵中はアクセサリーははずすことなどが書かれていた。至って常識的な注意事項だ。服薬で水分摂取が必要な場合は医師に要相談とも書いてあった。  ロビーに戻った私はいくつか並んだ丸椅子に座るタクミを見つけて隣に座り、小声で話し掛けた。 「タクミ、お疲れさま。」 「採卵日決まったん?」 「うん、決まった。11月2日の水曜日。あとで課長と係長に連絡して終日休暇もらえるように頼んでみるわ。あ、会計呼ばれたから行ってくるね。」  タクミと私は久々に【天王寺Wao】という駅ビル内を歩いていた。ランチピークを過ぎた時間でも飲食店フロアはどこも混雜しており「歩き回っててもしゃーないからお店を決めて待とう」と言うことで、【三毛猫キッチン】という洋食屋のウェイティング席で待つことにした。  その間に私は11月2日水曜日に採卵が決まったことを課長と係長あてに連絡した。週明けに出勤してから話しても良かったが、月曜日は注射の時間が決まっているので、月曜日も出来れば定時退社したい旨も合わせて事前にメッセージで連絡する。 「マナ、行くでー。店入れるでー。」 「はっ!ごめん!まったく気付いてなかった!」  タクミに促されて着席した。待ち時間で決めたメニューをタクミがお(ひや)とおしぼりを運んできた店員に伝える。 「オムライスのランチセットと、ハンバーグのランチセットをお願いします。ドリンクはどちらもミルクティーで、食後に持ってきてください。」  店員が去ったあとタクミが「水曜日休めそうなん?」と尋ねてきた。 「会議資料で直近が締切のものはないけど、月初の2営業日で庶務関係の表向きの締日やから正直厳しいけど、休むなって言われてももう採卵が決まってるからどうしても無理やったら午前中半休で出勤するしかないかな。」 「全身麻酔で手術したあとに出社ってどんだけブラック企業や!」 「ほんまそれ!」  タクミと私は小声で自社の悪口を言って笑った。 「お義兄さんやご家族は元気やった?」 「うん、元気やった!京香(お義姉)さんと娘の真珠(しんじゅ)ちゃんには会えてないけど、息子の大弥(だいや)くんが兄さんと出てきてくれて、手土産の【豆福(まめふく)】のどら焼きを渡したらえらい喜んでくれたわ。大弥くんは顔立ちがくっきりしてきてますます兄さんに似てきてるな!」 「でもお義姉さんも元々顔立ちがくっきりした美人やから、両親どちらに似てもくっきりした顔立ちになるよ、たぶん。私は凹凸の少ない顔やから、どうせなら子どもにはゲルマン系のくっきりした顔になったら良いなとは思うけど。」  そこで料理が運ばれてきた。  タクミがこそっと「俺はマナに似てる子どもが良いと思うけどな。」と呟いたのだが、「ほんまふわとろオムライスやん!美味しそう!」とテンションが上がっていた私の耳には届いていなかった。
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