13 初めての採卵

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13 初めての採卵

 採卵当日の朝を迎えた。  昨日は山中係長も佐藤くんもゲッソリで前日の残業がものすごかったことがうかがえた。私も早く帰らせてもらった分、沢田課長と山中係長の指示を受けながら、挽回できるように黙々と仕事をした。残業も長丁場だったけど耐えた。隣の係の松宮係長から「昨日は気付いたらおらんかったからびっくりしたわー!山中係長と佐藤くん、ふたりでめっちゃ大変そうやったで。」とイヤミなのか単なる事実を教えてくれただけなのか分からない言葉を掛けられ、「昨日はちょっとどうしても帰らないといけない用事がありまして…。」と適当に濁したが、苦々しい気持ちがいつまでも消えなかった。  今日も月初2営業日で忙しいのに、私は休暇を取ってクリニックに来ている。待機していたベッドから点滴を受けながら手術室まで案内され、手術台に寝そべり、麻酔でクラっと眠りの世界に(いざな)われる直前までずっと仕事のことが気になって仕方なかった。  目を覚ますと、私は術前まで待機していたベッドに横たわっていた。いつの間にか点滴がはずされていて「あぁ、そう言えばまだ寝ぼけているときに看護師さんが『お加減いかがですか?点滴はずしますね。』って声掛けてくれてたような。あのあとまた寝落ちしたんか。」と私は独り言ちた。カーテン越しの日光が麻酔から覚めたばかりの私にはとても眩しく感じた。  ベッド横の簡易な鍵付きの収納から荷物と洋服を取り出すと山中係長から何度か着信が来ていた。今は11時25分。着信があったのは10時過ぎと10時半頃、そして10時50分頃の3回だった。急いで電話を掛ける。 「山中係長、お疲れさまです。塩谷です。何度か着信いただいたのに、気付かずすみません。今全身麻酔から目が覚めたばかりでまだ病院のベッドにいます。」 「おぉ、休みの日にすまんな。前月の締めのことで教えてほしいんやけどな。………」 「その場合の処理は………」  説明を終えて切電すると、看護師がやって来た。 「お加減いかがですか?目眩や吐き気など、体調不良がなければ着替えてお帰りいただいて結構です。よろしければこちらお持ち帰りいただくかお召し上がりください。」 「ありがとうございます。いただきます。」  看護師から差し出されたのは紙パックの緑茶と個包装の飴玉だった。点滴は入れてくれていたから脱水状態というわけではないけれど、昨日の夜中からの絶飲絶食なので喉も渇いたし糖分も欲しい。私はありがたく緑茶と飴玉をいただいた。 「この辺で昼ご飯でも食べて帰ろっと。」  洋服を着替え、軽くお化粧をして、私は待機していた部屋を出た。たぶん今朝採卵だった人は私含めて4人くらいいたが、私以外はもう誰もいなかった。私が寝過ぎたみたいだ。
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