14 甘くない現実

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14 甘くない現実

 採卵から1週間が経った。今日は胚培養士から連絡が来る日だ。思ったよりも早く不妊治療が終われば降職しなくても済むかも、と淡い期待を寄せ、胚培養士からの結果報告を待ってから課長に降職の相談をしようと思っていた。よほどのことがない限り、年度が変わるタイミングでしか降職しないからだ。降職するとたぶん支店も異動になるだろう。  昼休みにスマートフォンを見るとクリニックからの着信と伝言メモがあった。今日電話してくれたのは胚培養士の高瀬という人のようだ。すぐに折り返す。 「胚培養士の高瀬です。折り返しのご連絡ありがとうございます。では受精の状況と凍結保管状況についてご説明いたします。10個の卵子を11月2日に顕微受精し、5日目の胚盤胞を2つ、6日目の胚盤胞を1つ凍結保管させていただいております。凍結保管させていただいた胚盤胞のグレードはそれぞれ4BB、4BC、3BBです。オプションで体外成熟培養をさせていただきました卵子については今回残念ながら受精には至りませんでした。詳しい内容については後日医師よりお渡しします培養レポートにてご確認ください。何かご質問等ございますか?」 「いえ、ありません。ありがとうございました。」 「はい、ありがとうございました。」  切電した私はショックを受けていた。11万円の体外成熟培養がうまくいかなかったのもショックだったが、10個のうち3個しか凍結保管できなかったと言うのがショックだった。半分の5個くらいは凍結保管できるだろうと根拠もないのに甘く見ていた。  思ったよりも早く不妊治療が終わるかもなんて、とんだ思い上がりだ。長引く不妊治療に心が折れても諦めずに前向きに頑張る夫婦が日本中にどれだけいると思っているんだ。私は楽観的だった自分に憤りを感じた。  医師や看護師や胚培養士の力で胚盤胞まではお膳立てしてもらったけれど、ホルモン剤で子宮内膜を厚くするとかタイミングを合わせるとか着床しやすい環境を人工的に作り出しても、最終的に着床するかどうかはもう人工的にどうすることも出来ない。着床しても染色体の異常などで育たないまま流産してしまうことだってある。不妊治療に楽観視は必要ない。  絶対に3個の胚盤胞では足りない。もう1サイクル採卵するか。それともひとまずできた胚盤胞を移植するか。でも来月は繁忙期だ。不妊治療はお休みするしかないかな。またタクミと相談しよう。
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