14 甘くない現実

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 社外で訴訟のことは話すなということだったが、私たちは社内結婚なのでどちらともなく夕飯時の話題は訴訟のことになった。家の中の会話だし、問題ないだろう。  先日、タクミの二日酔いの原因となったアルハラ&パワハラ&セクハラの3重ハラスメント課長(以下、3重に省略!)は、諭旨解雇となったらしい。タクミは今日、例の若い女性社員からお礼を言われたのだそうだ。  去年の春に彼女が配属されたときから、3重は彼女にセクハラ(彼女とすれ違いざまに彼女の頭髪や肩に触れたり、パソコンのマウス操作をしている彼女の手に自分の手を添えたり)をしており、彼女が3重にやめてくださいというと人事評価を下げるようなことをチラつかせパワハラをしたという。彼女は3重にされたこと、された日時、された場所をすべてノートに書き留めて、ハラスメント相談窓口に相談したこともあったが、一方的過ぎて証拠にならないとまともに取り合ってもらえなかった。そのためいつか明確な証拠を得た際は必ず訴えるつもりでいたようだ。  そんなとき彼女はハラスメント行為を黙認している私たちの会社を訴えようとしている遺族のSNSアカウントをたまたま見付け、原告団に名を連ね、録音もコツコツ録り溜めて続けていた。  あの日の飲み会での会話もタクミが課長を彼女から引き離すまでずっとボイスレコーダーに記録されていた。そこには嫌がる彼女の「離れてください。」「やめてください。」と繰り返す声と「もっとこっちにおいでや。」「お酌して。」「もっと飲めるやろ。」「手ぇすべすべやなぁ。」などしつこく絡み続ける3重の声。3重の行動を増長するような「照れてんと、ほら。」「ご指名やで。課長にビール()いでや。」「こういうのも若手の仕事やから。」とか周囲の声も微かながら聞こえる中、「先輩方、もう令和なんでそういう時代じゃないですよ!」「課長。お触りはダメですね。」「僕に課長のいい話聞かせてくださいよ。ね。次の店行きましょう!」と助けに入ったタクミの音声も所々入っていたという。ハラスメントを容認する状況そのものだ。 「いや、この課長、ほんまキショい。周りも全然止めようとせんとかやばいな。」 「いや、さすがに聞くに耐えへんくてな。助けに入らなあかんと思って。」  この飲み会に参加していたタクミ以外の社員は減給やら譴責(けんせき)やら全員何かしらの懲戒処分となったらしい。 「ところでマナさん、胚培養士さんから連絡はあったんかな?」 「現実は甘くないって実感したのと、ハラスメントが衝撃的すぎてすっかり忘れてたわ!もちろん連絡ありました。」  タクミに凍結保管状況を話し、次のサイクルについて相談しながら、タクミがハラスメントを見過ごさない人で良かったと思った。
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