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「お義兄さん、お久しぶりです。」と声を潜めて挨拶する。お義兄さんは何食わぬ顔で私の隣の席に座って「ビックリさせてごめんな。」と私に謝りつつも、どこか楽しげに見えた。そして「俺はちょっと外に行ってくるから。」と行って病院を出て行った。私が呆気に取られていると受付から会計に呼ばれた。
会計を終えてクリニックを出るとタクミとお義兄さんが立っていた。ただでさえ身長が高くて街中で目立つ人間がふたり並んでいると存在感を増しているように感じる。
「ちょっと!ビックリしましたよ!お義兄さんがいらっしゃるなんて聞いてなかったからー!」
「マナちゃん、ごめんな。俺がタクミに行きたいって言うたんよ。」
「いや、それにしても先に教えてくれても良いやんか!」
「マナ、ごめん。今日スマホ忘れてしもて、連絡する術がなかった。とりあえず昼飯食べに行こう。」
「タクミ、俺ちょっと【あべのミワタス】行ってみたいんやけど。」
「って兄さんのリクエストやねんけど、マナも【あべのミワタス】で良い?」
「私は構わないですよ。」
【あべのミワタス】の飲食フロアは13階から15階で、その最上階である15階は平均予算高めのお店ばかりのフロアだが、お義兄さんは迷わず15階に向かって行った。そして【千鶴】といういかにも「料亭」という店構えの店内に入ろうとしている。
「ちょ、ちょい待って。兄さんの行きたい店ここ?!いくら公務員で稼いでるからって昼から贅沢しすぎちゃうかー?」
「高校教師がそんな稼いでるわけないやん。」
「俺らも不妊治療の出費があるからそんな贅沢できる身でもないし。」
「大丈夫やて。ここは俺がご馳走するから。」
「いえ、お義兄さん。そう言うわけには…。」
「この店、京香の勤める会社の系列やから社割適用やねん。」
「お義姉さんの社割が効くんですか?!」
「そうそう、出発する前に渡されてん。社割の証明と食事券。あと、これ協力して。」
「ミステリーショッパー?」
「ほんなら、今とりあえず先にアンケート項目見て。店内ではこのアンケート用紙は見せたらあかんからな。何しろ隠密調査やから。」
アンケート項目は特に変わった内容ではなかった。店員の身だしなみ、接客態度、店内の清潔さ、料理の味、盛り付け、提供時間、全体の満足度を5段階評価ではなく、すべて具体的に自由記述するという点ではミステリーショッパーならではなのかも知れない。
「気付いたことスマホとかにメモしてもらって、後でこのアンケート用紙に書いてこの封筒に入れて郵送してな。タクミは今日スマホないからよう覚えて帰ってな。」
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