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【千鶴】のランチは豪華な和食の定食だった。カラフルかつ可愛らしい造形の小鉢のおかずやお漬物が複数個、お刺身や天ぷら、薄切り牛肉の陶板焼き、ご飯、お吸い物、そして甘味まで盛り沢山だ。無粋だがさっき注文するお義兄さんの手元のお品書きをちらっと盗み見たら一人前4500円だった。ランチだけで4500円なんて!私とタクミだったらひとり分のランチとそのあとのお茶代の合計くらいの値段だ。
「マナちゃん、今日は急に押しかけてすまんかったなぁ。」
「あ、いえ。確かに驚きはしましたけど。採精にきてくださったってことですよね。」
「そうそう。クリニックの採精室がどんなんか気になってな。タクミから話には聞いてたけど興味があって1回行ってみたかったんで、今日は俺のを受け取りに来たタクミに逆に付いて来さしてもらいました。」
「兄さんはいっぺん言い出したら聞かんから。」
「いつもトイレで急かされ出さされてる兄の身にもなってや。出さなあかんと思うとプレッシャーやけど、今日は空調も整ってて、音響も影像もあって、防音もバッチリでほんま快適やったわ。ハハハ。」
「お義兄さん、いつもすみません。」
「もう十分凍結保管できたやろうから、兄さんに採精で迷惑掛けることはないと思うわ。」
「おぉ、そうか。俺も貴重な経験させてもろたわ。同僚でも不妊治療してる人もいるからほんの少し苦労が分かって、俺の視野も少しは広なったかな。」
「でもバレんで良かったわ。」
「バレるわけない!月に1回程度の通院頻度なら受付担当者だって毎回違う人かも知らんし、顔が濃くて背が高いってタクミの特徴を受付担当者が覚えてたとしても、同じく顔が濃くて背が高いって特徴が一致する俺がタクミの診察券と保険証を出したって気付かれへんわ。」
「なるほど、確かにそうですよね。私も最初はヒヤッとしましたけど。でもこうしてお義兄さんが来てくださったおかげてこんな豪勢で高級なランチがいただけるなんて、私にとっても貴重な経験です。ありがとうございます。」
ランチは盛り付けもキレイでどれも上品な味で美味しくて、さすが高級料亭だと感じた。アンケートになんて書こうかな。
「お義兄さん、ご馳走になりました。」
「タクミ、マナちゃん、不妊治療は長い道のりやって同僚も言うてたし、これから大変なこともあると思うけど気長に頑張るんやで!体に気を付けて!」
「兄さん、遠いところありがとうな。」
「アンケートよろしく頼むで!ほな!」
お義兄さんと天王寺駅で別れて私たちは家路に就いた。
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