22 過熟

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 6月3日土曜日、現在10時15分。私はパソコンの前でオンライン診療のために待機している。タクミが私の後方に座っている。オンライン診療は今まで時間どおりに始まったことがない。短くて5分程度、長くて15分程度は押している。やはり今日も遅れている。 「今日は何分押すかなー?」 「1枠が15分に収まらんのやったら、1枠の時間を20分とか30分にすれば良いのにな。まぁそうなると全然予約取れんくなってまうやろうけど。」  そして10時23分、ようやくクリニックのカメラがオンになる。今日の担当医師も森先生だ。 「塩谷さん、お待たせしました。前回、採卵・移植同周期で予定してましたけど、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)で新鮮胚移植は中断せざるを得なくなり残念でしたね。凍結保管したのが5日目胚で4ABと4BBの2個でした。」  後方からタクミが乗り出してきて「森先生。」と話し掛けたので私はぎょっとする。 「はい、ご主人。何でしょうか?」 「今回連休を挟んでしまったために通院の頻度が少なくなり、採卵も遅れましたよね。そのせいで妻はお腹が腫れて痛い思いもしました。それなのに過熟卵胞が多くて凍結保管に至った胚盤胞が少なかったともうかがいました。クリニックとしてこういう結果になることは予見できなかったんですか?!連休は毎年のことですよね?」 「ちょっ、タクミ落ち着こ?(小声)」 「確かにこの時期に採卵・移植を希望したのは妻ですけど、OHSSのリスクも先生は最初におっしゃってましたし、連休があることも考慮してプランを変更する提案もクリニックとしては出来たんではないですか?」 「タクミ!落ち着いて!(腕を引っ張りながら小声)」 「ご主人が奥さまのことを心配なさって今回の件でお怒りなのは分かりました。しかし、当院としましても、初めて奥さまが点鼻とHMG注射で卵巣刺激をする周期でしたので、どれだけ卵胞が成熟するかを予測することは不可能でした。確かに連休がなければ予定どおり生理13日目で採卵できたかもしれませんが、その時点で既におそらく奥さまの卵巣は腫れていたでしょうし、過熟卵胞は少なかったかも知れませんが、その分、採卵できた卵胞は少なかったかも知れませんし、成熟卵胞がすべて顕微受精後に胚盤胞になるわけでもございませんから、凍結保管できた胚盤胞が前回より少なかったことについても当院に明らかな非があるとは言えないと思いますが。いかがですか、ご主人?過去は変えられません。今あるのは結果だけです。」 「つい感情的になりました。すみませんでした。」  タクミは後方に引き下がった。私はヒヤヒヤしたが、タクミが食って掛かってくれたお陰で私は冷静でいられた。当初の思惑とは逆だったが、まぁ良しとしよう。  
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