26 生命

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 12月15日金曜日、今日は妊娠6週の通院日だ。普通に倉庫で帳票類の整理をしていて特別激しい運動をしたわけでもなかったが、一緒に整理をしていたパートの青木さんに「ちょっと、塩谷さん!出血してるやん。生理?!いや、スカートに血が(しゅ)んでるよ!」と慌て気味に声を掛けられた。  私は「えっ?!」と振り返るがよく見えない。取り敢えず私は血の染みたスカートのままではいられないので、更衣室のロッカーにある予備のスーツに着替えることにする。 「青木さん、申し訳ないんですけど、私の席に掛けてあるカーディガンとデスクの引き出しに入っているポーチを取ってきてもらっても良いですか?ちょっとこの汚れたスカートのままでは倉庫から出にくいのでカーディガンで隠してそのまま更衣室とお手洗いに行ってきますね。」 「分かりました。」  青木さんが戻ってくるまでの私の頭の中ではお腹の赤ちゃんにとって最悪の事態が(よぎ)っていた。このあとクリニックに連絡を取って、急ぎで診てもらえないか聞いてみよう。今日は南さんは休暇だけど佐野主任も中田さんもいるし、急な時間休の申請も出せるかな? 「塩谷さん、お待たせ。」 「青木さん、ありがとうございます。ここの片付け引き続きお願いして良いですか?実は…生理の出血じゃなくて…流産…かも知れな…」 「り、流産?!あ、ごめん。声大きかったですね。そんなんここの片付けなんか私に任せて、塩谷さんは()よ病院行ってくださいね!あ、私このことは誰にも言いませんから。口堅いんで安心してください。」 「すみません、ありがとうございます。」  青木さんの口が堅いのか真偽は分からないが、いつもとても良くしてくれるパートさんだ。それに女性なので妊娠とか流産とかデリケートな問題は不用意に口にしない暗黙のルールは心得ているであろう。  私は汚れたスカートをカーディガンで隠してお手洗いに向かい、ひとまず応急処置的にナプキンを当てた。そのときには出血は止まっていたが、次にいつ出血するか分からない。やはりクリニックには早く行こう。  ロッカーに置いていた予備のスーツはパンツスーツだったので、出血で汚れたストッキングは処分して予備の膝までのストッキングに履き替えた。  クリニックに鮮血の出血があったことを連絡し、今日の夜診を早めてもらえないか相談する。 「来院までお時間どれくらい掛かりそうですか?鮮血の出血があったということで、なるべく安静にして来院いただきたいのですが。」 「分かりました。タクシーで向かいます。たぶん45分以内には着きます。」 「かしこまりました。お気を付けてお越しください。」  使ったことのないタクシー配車アプリを登録するより普通にタクシー会社に配車連絡するほうが早い。電話で後方支援室の入っているオフィスビルまで迎えを手配して、私は事務室に戻り、佐野主任と副室長に理由を話して時間休を取って帰ることにした。室長は離席していたが、副室長から室長に話は通しておいてくれるということで私はそっと退社した。
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