30 あなたに会いたかった

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30 あなたに会いたかった

 最初は安静生活をしなければならないほど緊迫した状況だったけれど、その後の妊娠の経過は至って良好で、ついに妊娠36週を迎えた。 「とうとう臨月か…お腹もこんなに大きくなるんやね。」 「マナ、外は灼熱やし買い物は無理して行かんで良いからな。ストックのレトルトでもインスタントでも俺はまったく問題ないから。しんどかったら俺の食事も作らんで良いし。掃除もほっといてくれたらええからな!」 「臨月は安静にしてるより動いたほうが良いんやで。重力で赤ちゃんの位置というか子宮の位置が下がってくるらしいから。」 「でも外は危険な暑さやからな。それこそ熱中症とかで体調が悪くなったらあかんから、動くならエアコン点けて快適な家の中にしときや。お腹の中の実夏(みか)のためにも、マナ自身のためにも。」 「心配ありがとう。」  私はお産バッグや入院グッズ、退院グッズ、産後に実夏と河内長野市の桜庭家に行くための荷造りを済ませ、準備万端だった。花山病院にはランドリールームもあり、有料ではあるけれど、万一、入院が少々長引いてもあとから追加でタクミに下着を届けてもらわなくても大丈夫なように少量の洗濯洗剤も入院グッズに入れておいた。  何事もなく迎えた39週の妊婦健診で、赤ちゃんが下りてきていないと指摘されてしまう。 「塩谷さん、赤ちゃんが下りてこられるようにお散歩やスクワットや階段昇降などしてみましょう。あ、もちろん無理のない範囲で、水分はしっかり摂ってくださいね。」  私は音楽を聴きながらスクワットをしたり、タクミが出勤している日は夕食の準備が終わってからタクミが帰宅する前の19時過ぎ頃に20分程度、マンションの周りを歩いた。夏なので外はまだまだ明るいし、地面がアスファルトなので思いの外暑かった。  出産予定日の8月9日を迎えた。妊娠40週の妊婦健診に行くと「お腹の居心地が良いんですかね。赤ちゃんはまだ下りてこないですね。」と産科医に指摘されてしまった。 「スクワットね、こう肩幅くらいに足を開いて、テーブルとかに両手をついて。そうそう、頭を腕の間に収めるように、目線はおへそを見る感じで。そうそう、息をふーっと吐きながら腰を落とす。そうです、それを続けてください。出産予定日過ぎましたから、また週明け8月12日月曜日来てください。外来がお盆休みになってしまうのでね、その前にちょっと方針を決めましょう。」  私はタクミも巻き込んで土日とスクワットに励んだが、産気付くことなく8月12日を迎えてしまう。
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