30 あなたに会いたかった

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 バルーンを入れる処置は、閉じている子宮口を開くための処置なのでそれはそれは痛かった。出血もしたし、それが刺激となって生理痛のような鈍い痛みが起こった。でもこれは良い反応なのだそうだ。夏期休暇最後の日、タクミは隣で付き添ってくれて痛がる私を労わってくれた。  オキシトシンの点滴が始まって最初の方も痛みが発生した。これがまだまだ陣痛の序の口なのだということが信じられない。助産師に勧められてスクワットしたり、陣痛室の外をタクミと歩き回ったりしながら、徐々にオキシトシンの投与量を増やしていくと痛みは強くなっていたが、結局入院初日の8月13日は出産に至らなかった。タクミは悔しそうに帰宅していった。  翌日も朝8時30分頃から再びバルーンを入れてオキシトシンの投与が始まる。  今日からタクミは出勤のため、私だけが陣痛室に残っている。独りでスクワットしたり、病院に実習に来ている看護学生と陣痛室の外を歩き回ったりしながら、前日と同じようにオキシトシンの投与量を増やしていく。痛みの波の間隔が分娩監視モニターの波形から規則的になってきたことが分かる。痛みも強さを増してきた。 「塩谷さん、陣痛室から分娩室に移りましょう。」  痛みの波が引いている間に分娩室に移動し、分娩台に上がる。内診されるときにバルーンがするっと抜けた。 「塩谷さん!子宮口だいぶ開いて赤ちゃんも下りてきてますよ!頑張りましょう!はい、フーっと大きく息を吐いてー。」 「痛いー!」 「塩谷さん、深い呼吸を意識して。」  規則的な陣痛を感じてからどれだけの時間が経ったのだろう。ますます痛みは強さを増していく。  痛みの波が引くとも寄せるともよく分からなくなってきて、私は分娩台の手すりを強く掴んで言葉にならない叫びを上げ続けていた。 「はい、いきんで!」 「ぐあぁぁぁー!」 「赤ちゃんの頭見えてますよ!もう少しです!」 「はい、ふーっと息吐いて!」 「はい、いきんで!」 「っくぁぁぁーーー!」 「んぎゃー!んぎゃー!」  一気に身体から力が抜ける。産声が聞こえてくる。無事に出産できたという安堵とようやく我が子に会える喜びから涙が溢れた。 「塩谷さん、頑張りましたね!」 「赤ちゃん生まれましたよ。」 「ありがとうございます。」  へその緒の処置や清拭等を終えて産着を着せてもらった実夏を助産師が私のそばに連れてきてくれた。 「8月14日19時37分、2854グラムの元気な女の子が生まれましたよ。」 「ありがとうございます。」  きゅっと握りしめられた小さな小さな実夏の手に触れると再び涙が溢れた。 「実夏、生まれてきてくれてありがとう。ずっとあなたに会いたかった。」 〜〜〜完〜〜〜
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