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「おかえり」
帰ってリビングに入ると、ずっと頭の中に浮かんでいた人物が部屋に溶け込んでいた。
「な、ななななんでいる!?」
「俺ん家のエアコンの効き悪いんだよ。だから天宮家に避難」
ついさっき謝ると決めたのに、どう話を切り出せばいいのか分からないでいる。
うじうじ悩んでいると「なぁ」と声をかけられる。
「な、なに」
「なんであんなキレてたんだよ」
なんでって。
そりゃあんたに憧れてたのに裏切られた気がして、なんて言える訳もなく黙り込んでしまった。
「また喋んねぇし」
小さくため息をついて、そっぽを向いてしまった。
それが妙にショックで、零れるように本音が出た。
「昔と、変わってたから。混乱してた……」
「何が?」
「……あんたが」
「別に。そんな変わってないじゃね」
「嘘つけ!ピアスとかつけてなかった!」
「そんなことでキレてたのかよ。じゃあ今は全部外すから待ってろ」
ピアスとネックレス。
本当に全部外して、俺の方を向いた。
厳つさがなくなった分、ちょっとは見やすくなったけど、まだ直視できない。そういえば、再会してからまともに顔を見てなかったかもしれない。
「……ちょ、ちょっと安心、した……」
「まだなんかあんの?」
「だってまだ全然違うし!身長でかいし!髪長いし!服も違う!」
両手で顔を掴まれ、強制的に目を合わせられた。
「顔だけ見りゃあんま変わんねぇだろ」
通った鼻筋。
薄くて形のいい唇。
気だるげそうな瞳。
整ってキリッとした眉毛。
さっきまでクソチャラ不良男だと思っていたのに、簡単に思ってしまった。
この顔面は、いくらなんでもかっこよすぎる。
顔を触られて、手の大きさと感触、全部必要以上に意識して、いつの間にかドキドキと大きな音が耳で鳴り響く。
「慣れた?てか慣れろ」
そう言われた直後、部屋のドアが開く。
「あ?なにしてんの。キスでもすんの」
またしてもいきなり入ってきた兄貴の他意のないキスという言葉に頭が過剰に反応する。
いったい俺は、なにをそんなに意識している。
「しねぇよ」
離された手に寂しさを覚えながらも、謝らなきゃいけないことを思い出し、咄嗟に服を掴む。
「なに?」
「……あんたに。ひどいこと言ったの……悪かった」
「会いたくなかったってのは本当?」
「……思ってない」
だって本当はずっとずっと会いたかったんだから。
「なら良い」
そう言って、俺の髪の毛をぐちゃぐちゃにしながら頭を撫でた。
「でもあんたって呼ぶのやめろ」
「なんで」
「むかつくから」
何にむかつくのか分からないが、どう呼ぶか少し考えてみる。たけるくん呼びは今の関係性的にやっぱりちょっと違う気がするから呼ぶとするなら。
「……じゃあ久郷」
「呼び捨てかよ。ほんと生意気になったよなお前。可愛くねぇ」
呆れたような様子でそう言う久郷に、こっちだって急に不良になられて迷惑してるのにと、途端に腹が立つ。
「うっざ。そっちだって口悪いしめっちゃ短気だ」
そして、また流れるように煽るような事を口走る。
「あ?お前が先にキレたんだろ。反省しろよ」
「はっ!女の人誑かしてる奴になに言われても説得力ないし!」
「さっきの謝罪はなんだったんだよ?調子乗んな」
「他人の家で喧嘩すんなって。野蛮な人こっわー」
言い争いの最中にニヤニヤしながら、発言してきた兄貴に腹が立って口調が崩れる。
「俺ん家でもあるだろクソ野郎。ていうか早く帰れよ!勝手に上がるな!」
「てめぇのお兄様に招かれてんだよ」
「出禁にしろよ!」
「いーや♡」
なんでこんなにムキになってしまうのか。
自分で自分が分からなくなったバカな俺は、それからというもの、久郷の前で素直になれなくなってしまうのであった。
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