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13.あの日の僕
──りっちゃん。ずっと君に会いたかった。
そう言えたらどんなに良かっただろう。
彼女が姿を消してからのことは、わからなかったが、彼女の瞳、纏う空気から、幸福でなかったことは想像がつく。
彼女は僕が『樹くん』だとは気づかなかった。
ただ僕を忘れているだけかもしれない。
けれどあの頃が忌まわしくて、忘れたのだとしたら、僕を思い出すのは心の傷をえぐってしまう。
僕は会社の同僚以上の立場で関わらないと決め、最低限の接触で、遠くから彼女を見守ることにした。
彼女は基本無表情で人を寄せ付けない。そして人と話をする時は逆毛を立てた猫のように怯えている。
しかしそんな状態でも彼女は逃げ出さず、ひとつひとつの仕事を丁寧にこなし、不器用ながらも、彼女なりに人に関わろうと努力しているのは見て取れた。
ただそれは周りには伝わっておらず、社内の評判は芳しいものにはなっていなかったが。
彼女と比べ、僕はまともに人と向き合っていないのに評判だけはいい。
僕は他人に関心がないしどうでもいいと思っている。
無駄なイザコザを避けるため、平等に親切を装い、平等に笑顔でいる。
なんの情もないから冷静に人を観察して、その人が望むいい人を装える。
彼女のように怯えたり傷ついたりする程、他人と関わったことがない。
僕が自分を出さず、人をかわしながら生きている間、彼女は取り繕わず、傷つきながら生きてきたんだと想像ができた。
そんな彼女がいじらしくて胸が締め付けられたが、眩しくすら思えた。
彼女のために何かしたい。
子どもだったあの頃よりも、もっと強く思った。
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