13.あの日の僕

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 だからあの日、自分が仕事を奪った立場にも関わらず、落ち込む彼女を追いかけてしまった。同僚なら気晴らしに飲みに誘うくらいは当然だと自分を正当化して。    しかし舞い上がった僕は、踏み込みすぎた。彼女の逆鱗に触れ『放っておいて』と突き放される。  僕が放っておいたせいで君はいなくなったんじゃないか。そんな言葉が喉まで出かけ、君のために何でもしたいと本心が口をついた。  そして心を曇らせるものを問うと、彼女は言った。  ──靴が汚れたと。  もっと他にあるだろうに、彼女が口に出せる悲しみがその程度だと思うと胸が押しつぶされそうだった。  ほんの僅かでも彼女の悲しみが取り除けるなら、絶対に靴の汚れを取ってやりたい。  それだけしか頭になかった。  僕の自宅で靴の汚れを落とし帰宅を促すと、彼女は僕に服を脱ぐように言った。  一人暮らしの男の部屋に招く意味なんて、不能の僕には考えもつかなかったが、彼女はそう解釈したのだろう。  そういうことを楽しむ女性になっていたのはショックだったが、彼女の望み通りにしようと思った。  徒労に終わったが、なんとかしようと女性と交際をした時期に、ある程度の経験はしている。  僕にとってはただの作業でしかないが、人体の構造を把握して、相手の反応に神経を研ぎ澄ませれば、喜ばせるのはそう難しいことではない。  挿入自体に経験はないし、最後まで望みを叶えることはできないけれど。  それ以外なら……まあ退屈させることはないだろう。  しかし、僕が触れると彼女は身体を硬直させ青ざめた顔を引きつらせた。  ──男が怖いんだ。  彼女の肩に触れたとき、わずかにその兆候はあったが確信に変わった。  怖いくせに、恋愛感情もないくせに、そんなことをしようとするなんて、ただの自傷行為じゃないか。  僕は覚悟した。  彼女が男に弄ばれて苦しんでいるなら、それを僕にぶつければいい。  僕をなぶって傷つければいい。  どうせ真っ当な男のように機能しないから、汚い欲望を君に見せることもない。そう単純に考えていた。
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