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2.僕の大切な思い出
女の子は名前を『りっちゃん』と言った。
痩せていて体が小さいから、だいぶ年下かと思ったが、僕の一歳年下で同じ学校の三年生だった。
僕のことを『樹くん』と呼び、僕は彼女を『りっちゃん』と呼んだ。
ひとりぼっちだったりっちゃんと僕は、ほぼ毎日のように会うようになった。
りっちゃんはすごく明るい子、というわけではなかった。
むしろ同じクラスの女子と比べると静かすぎると思う。
だけど、彼女はいつも僕をほっこりさせるような、小さな嬉しいことを見つける天才だった。
春には道端に芽吹く小さな『つくし』を、雨上がりには誰も気づかない薄い虹を、隣の家の猫にできたハゲに毛が生えてきたことも、まっさきに気づいたのはりっちゃんだった。
そういったことを、ほっぺをフワッと赤くして、静かに喜ぶ。
そんな子だった。
「樹くんのお母さんはいつ、夜ご飯を作ってくれたの? 早起きしたのかなぁ」
「こないだ、樹くんが付けたケチャップのシミ無くなってる。きっとお母さんがゴシゴシしてくれたんだね」
りっちゃんが言うことは、僕にとっては普通のことすぎて気にも止めないことばかりだった。
けれどりっちゃんにとっては特別なことだったのだろう。
それなのにりっちゃんは不満を言ったり、羨んだりもしないで、いつも僕のそばにあるものを『よかったねぇ』とほほえんでくれた。
世界は幸せに溢れてる。
ただみんな欲張りすぎてるだけなんだ。
りっちゃんを見ていてそう思った。
ひとりの家はさみしくて。
僕はお父さんがいて、いつもお母さんが一緒にいてくれる家庭がうらやましかった。
『僕は不幸だ』なんて思っていた僕にとって、りっちゃんは曇る空を晴らしてくれた太陽みたいだった。
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