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彼女はよく『なんでもできるようになりたい』と口にした。
僕も、もうすぐ高学年だし、ママに甘えているのもカッコ悪いし、色んなことができたらママも助かるかなって前から思っていた。
りっちゃんはよくお腹がすいているみたいだし、服も汚れている。
だからお互いちょうどいいし、僕の家で一緒に洗濯や料理なんかの家事を挑戦することにした。
始めは、洗濯機に入れる洗剤の量を間違えて床を泡だらけにしたり、包丁で指を切って大騒ぎしたり、調味料を倒して台所をぐちゃぐちゃにしたり……上手くはいかなかったけど。
そこそこ上手く料理ができると、りっちゃんは『お母さん喜んでくれるかな……』と、はにかむような笑顔を見せた。
りっちゃんの気持ちが届くのか、なんとなく不安になったけど、こんなにも優しくてキレイな気持ちを理解しない人間がいるわけない。僕は不安をかき消した。
彼女はお喋りが上手な子ではなかったから、自分から話すことは、お母さんの話と、ひとりごとみたいな小さな幸せの話くらいだった。
なんてことない話だけれど、それを聞くのが心地が良かった。
それだけじゃなく、無言の時間でさえ、ふたりで並んでいれば胸がキュッとするくせに、ひだまりにいるような気分になった。
彼女を通して見る世界は穏やかで優しくて、何よりもそんな彼女がいる世界が大切に思えた。
急に僕が家事を始めたことにママは驚いていたけど、『もう子どもじゃないから』と伝えると、ちょっとだけ複雑そうな顔をしてから、週末やたまに早く帰れた日に、やり方やコツを教えてくれるようになった。
ママからりっちゃんについて深く質問されたことはないけれど、ママも、りっちゃんの見つけた幸せの話を聞きたがった。
ママと過ごす時間は変わらないのに、前よりも会話が増えて、なんだか前よりもいい感じの親子になっている気がした。
なんにも変わらない毎日だったけど、りっちゃんのおかげで、全てがなんかいい感じだった。
りっちゃんがずっと一緒にいてくれたら、僕の人生キラキラした感じになるんじゃないかって気がした。
──だけど僕は彼女に何もしてあげられなかった。
何一つ。
僕が何かできてたら
今も君は笑って僕のとなりにいたんだろうか?
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