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「──いつきくん」
「は?」
「……樹くんに会いたかった」
「は? ……何言ってんの?」
「もう二度と私に連絡しないで! 連絡先も変えるから。職場に来ることなんてしたら警察呼ぶから! アンタが私にしたこと全部バラすから!」
私はそれだけ言い残し公園から駆け出した。
いつか欲しいものをもらえるかもしれない。いつまでも、僅かな期待を捨てられずにいた。
でも一番大切な宝物さえ奪われたことで、ようやく諦めがつく。
私の欲しかったものは、この世に存在しない。
それを認めたら少しだけ心が軽くなった。
私は一人だ。だからこそ私の主導権は私にある。
こんな女にはもう振り回されない。
──早瀬先輩
早瀬 樹くん。
樹くんはいつから私に気づいていたんだろう。全て分かっていたんだろうか。
自分でもずっと不思議だった。
誰も応援してくれない。お金もない。
大学を諦める理由はいくらでもあったのに、それでも投げ出さなかったのは、樹くんへの想いが消えてなかったから。
哀れな幼馴染の私に、救い手を差し伸べた樹くんをあんな風に弄んで、散々玩具にして、今さらどんな顔で会えばいいのか分からない。
私は汚い女のままで、面倒な毒親と手が切れたかもわからない。
あの頃と変わらず、普通の女の子とはかけ離れたままだ。
でもどう思われたっていい。
嫌われたっていい。
謝りたい。ちゃんと感謝を伝えたい。
あなたがいたから耐えられたよ。
生きてこられたよって。
全然大丈夫じゃないかもしれないけど、これからも頑張れるよって伝えたい。
──何より、ただ樹くんに会いたい。
足が千切れて、肺が潰れるんじゃないかってくらい走った。
道行く人が振り返る。
今まで忘れられていたのが不思議なくらい彼のことしか考えられない。
連絡先も知らない。
知ろうともしなかった自分が腹ただしい。
電車がこんなに遅く感じるのは初めてだ。
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