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「……ありがとうございます」
お言葉に甘え、シャワーを借りた。
伝えたいことは一つも言い出せていないのに心が軽い。
「スッキリしたみたいだね。ほら、炒飯作ったから食べて」
再会し何でもすると言った日から、先輩はずっとずっと優しかった。
ただ一つ、キスだけを望んだが、それ以外、何も私に求めなかった。
ひたすら私に与え続け、乾いた心を優しさで潤してくれていた。
「──おいしい」
「そう。良かった」
「ありがとう……樹くん……」
「──え? 佐伯……さん……?」
「りっちゃん──って呼んでくれないの?」
ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れた。
勢いよく先輩は立ち上がり、私に背を向ける。
恐る恐る、近づいて先輩の顔を伺おうとしても、腕で顔が隠され、感情を読み取れない。
あんなにも私に全てさらけ出した先輩が自分の表情を隠している。
踏み込んでもいいのか迷い、先輩の背中をじっと見つめていると、小さく、でも間違いなく小刻みに震えていた。
もう一度勇気を出して声に出す。
「樹くん……」
「ごめん! ……ごめん! もう君からそう呼ばれることなんてないと思ってたから……」
ああ……私がこの人にあげられるものが、ちゃんとあった。
「樹くん会いたかった……」
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