伸明 32

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そして、そんなことを、考えると、あらためて、和子の目的を思った…  和子は、本当に、私を、甥の伸明の妻にしたいと、思っているのか?  甚だ、疑問だった…  なにしろ、私だ…  この寿綾乃だ…  矢代綾子だ…  たいした能力もない…  大学も出ていない…  高卒だ…  ただ、自分でいうのも、なんだが、周囲から、いつも、堂々としている…  頼れると、評判(苦笑)…  だから、もしかしたら、和子もまた、私を誤解しているのかも、しれない…  過大評価しているのかも、しれない…  その可能性はある…  その可能性は、否定できない…  ひとは、どうしても、見た目…  見た目=外見で、判断する…  いかに、東大や、京大を出ていようが、ひ弱そうだったり、頼りなさそうに見えると、評価は、低いものだ(笑)…  そして、仕事…  学生では、ないのだから、評価は、勉強ではなく、仕事になる…  仕事での評価となる…  そして、仕事が、自分に合わないと、大変なことになる…  ずばり、評価が、低くなる…  誰もが、得手不得手がある…  そして、学歴にかかわらず、なんでも、器用にこなす人間は意外にいるものだ…  要するに、物覚えが早く、手が早いのが一番…  一番、評価が高い…  いかに、東大や、京大を出ていても、トロトロと、作業が遅いと、  …あのひと、ホントに、東大を出たの?…  と、周囲の失笑を買うことになる…  だから、仕事が合うか否か?  あるいは、  職場が、自分に合うか否かが、大事…  勝負の決め手となる…  職場や仕事が合わなければ、自分の能力を発揮できないからだ…  ハッキリ言えば、会社ガチャ…  どこの会社に入るか、ある程度、自分で選ぶことは、できるが、仕事や同僚は、選ぶことが、できないからだ…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、私が、そんなことを、考えていると、    「…綾乃さんは、どうするの?…」  と、ナオキが、聞いてきた…  「…どうするって、なにをどうするの?…」  「…伸明さんのこと、どうするの?…」  「…どうするって、今さら…」  私は、言った…  言わざるを得なかった…  今さら、和子と伸明の元に、戻って、  …やっぱり、伸明さんと、結婚したいです!…  なんて、言えるはずが、ないからだ(苦笑)…  それに、なにより、それは、ナオキの思い込み…  ナオキが、一方的に、言っているに、過ぎない…  本当に、和子が、私を評価しているか、わからないからだ…  私は、むしろ、それより、ユリコの言葉の方が、信じられる…  ユリコが、言った、私を癌の治療のために、オーストラリアに行かせた真意…  癌の治療費を、五井が負担した真意…  アレは、私をナオキから、引き離すため…  ナオキの唯一の相談相手である、私をナオキから、引き離し、その間に、ナオキを説得して、ナオキから、株を譲り受ける…  そのためだ…  正直、私が、ナオキの身近にいれば、五井に株を譲るのは、待ったをかけたと、思う…  いや、  待ったをかけずとも、もっと、なんとか、ならないかと、いろいろ、模索したと、思う…  なにしろ、五井だ…  大企業だ…  株を譲ったり、提携をしたりすれば、いずれ、遅かれ早かれ、五井に飲み込まれるのは、わかっている…  言葉は、悪いが、過去の同じような例を見ても、ほぼ、例外なく、そうなっているものだからだ…  もし、飲み込まれないならば、それは、FK興産の業績が、回復不能なほど、悪い場合…  あるいは、業績や、さまざまな、会社の内部事情を知って、五井が、FK興産に、興味をなくした場合だろう…  が、  そもそも、五井が、FK興産に、手を差し伸べた時点で、五井は、勝算があると、判断したと、思うのが、賢明…  そうでなければ、五井ほどの大企業が、たかだが、従業員千人程度のFK興産に手を差し伸べは、しないだろう…  勝算=経営再建は、可能と判断したに、違いないからだ…  いや、  そうではない…  ここで、言いたいのは、そうではない…  そもそも、FK興産は、そんなに業績が悪かったのか?  それが、疑問だった…  少なくても、私が、FK興産で、社長のナオキの社長秘書として、身近に仕えていたときは、聞いたことのない話だった…  だから、  「…ナオキ…そんなことより、会社の業績…FK興産の業績…そんなに悪かったの?…」  と、聞いた…  遅ればせながら、聞いた…  ホントは、真っ先に、聞かなければ、ならないこと…  すっかり、忘れていた(苦笑)…  ナオキが、私が賭けに負けたとか、なんとか、わけのわからないことを、言っているから、すっかり、聞くのを、忘れていた…  すると、ナオキが、思いがけず、   「…綾乃さんが、いけないんだ…」  と、ぼやいた…  「…どうして、私が、いけないの?…」  「…綾乃さんが、いなくなってから、正直、会社の経営に情熱が、なくなった…」  「…エッ?…」  「…なにより、いろいろ、ありすぎた…ジュンが、僕の子供でないことも、驚いたし、そのジュンが、綾乃さんを、クルマで、ひき殺そうとして、逮捕されたのには、もっと、驚いた…」  「…」  「…でも、それまでは、綾乃さんは、ボクの身近にいた…だから、相談といっては、おおげさだけれども、綾乃さんが、身近にいることで、ボクは、安心できた…」  「…」  「…だから、おおげさに、言えば、綾乃さんは、ボクにとって、精神安定剤のような存在だった…その綾乃さんが、いなくなって…」  後は、言わずとも、わかった…  が、  これを、聞いて、私は、正直、嬉しかった…  まさか、それほど、ナオキが、私を頼りにしているとは、思わなかったからだ…  だから、嬉しかった…  でも、そんなナオキが、自分ではなくて、伸明を選べ、だなんて、一体、どう思っているんだろ?  この私のことを、どう思っているんだろ?  聞いてみたくなった…  ぜひ、聞いてみたくなった…  だから、  「…ナオキ…アナタ…一体、私のことを、どう思っているの?…」  「…なに? …綾乃さん? …どうして、そんなことを、聞くの?…」  「…だって、そうでしょ? …たった今、私のことを、精神安定剤のような存在だと、言ったそばから、真逆に、伸明さんと、結婚すれば、いいなんて、矛盾しているでしょ?…」  「…いや、矛盾は、していない…」  「…どうして、矛盾していないの?…」  「…それは、家族だから…」  「…家族?…」  「…ボクと、綾乃さんは、もうずっと、家族だった…十年以上、家族だった…ボクは、夫、綾乃さんは、妻…そして、ジュンの母親…同時に、ボクにとって、頼れる姉でもあり、頼れる妹でもあった…」  「…」  「…だから、そんな家族が、誰と恋しようが、応援する…そんなスタンスに代わってきた…」  「…でも、私が、もし、伸明さんと結婚すれば、私は、もう、ナオキ…アナタとは…」  「…バカだな、綾乃さん…」  ナオキが、笑った…  「…なにが、バカなの?…」  「…綾乃さんが、誰と結婚しようが、ボクと綾乃さんが、家族であることは、変わらない…」  「…ウソ?…」  「…ウソじゃない? …これまで、ボクが、一度でも、綾乃さんに、ウソをついたことある?…」  私は、ナオキが、真面目な顔で、そんなことを、言うものだから、思わず、吹き出しそうになった…  「…そんなこと、言うと、まるで、今まで、一度も、私にウソをついたことが、ないみたいじゃない…」  「…そうだよ…」  「…ウソ…今まで、何度、私の目を盗んで、女の元に、通ったと思っているの…」  「…それは…」  「…それは、なに?…」  私が、言うと、ナオキは、いきなり、私のカラダを抱きしめて、私に、キスをした…  なにより、私とナオキは、玄関に立ったまま…  まだ、自宅に上がってもいない…  二人とも、玄関に立ったまま、ずっと、話をしていた…  外では、できなかったからだ…  だから、マンションの自室に入った途端、安心して、話し出した…  それが、思いのほか、長話になっていたということだ…  気が付くと、いつのまにか、ナオキは、サングラスを外していた…  やはり、キスをするときは、相手の顔が見えなければ、嫌…  なぜなら、安心できないから…  まさか、誰か、別の男と入れ替わっているとは、思いもしないが、それでも、顔が、見えなければ、安心できない…  おまけに、ナオキは、イケメン…  イケメンの顔を見ながら、キスをするのは、悪くない(苦笑)…  それは、ちょうど、男でいえば、美人を見ながら、酒を飲むようなもの…  いや、  女もまた、同じか(苦笑)…  イケメンを見ながら、酒を飲むのは、最高…  まるで、芸術品を見ているような気持になれるからだ…  そして、私は、ナオキから、唇を離すと、  「…ナオキ…アナタ…」  と、言った…  「…なに、綾乃さん?…」  「…ズルい…私に、これ以上、しゃべらせないために、私の唇をふさいだでしょ?…」  「…ご名答…」  「…それに…」  「…それに、なに?…」  「…キスをする前にサングラスを外したのは、なぜ?…」  「…綾乃さんの好みを知っているから…」  ナオキが、笑った…  「…私の好みって、一体?…」  「…イケメン好き…」  「…なんですって?…」  「…おまけに、背の高い男が好き…」  「…ナオキ…もしかしたら、それは、自分のことを、言っているんじゃないでしょうね?…」  「…わかった…さすが、綾乃さん…」  ナオキが、笑った…  「…でも、ボクの代わりに、諏訪野さんでも同じ…変わらない…」  「…なにが、変わらないの?…」  「…諏訪野さんも、イケメンで、背が高い…だから、ボクと同じ…綾乃さんの好みのタイプ…」  これには、  「…」  と、絶句した…  一瞬、言葉が、出てこなかった…  が、  すぐに、  「…わかった…だから、ナオキ…アナタ、今、サングラスを外したんでしょ?…」  「…どういう意味?…」  「…サングラスをしたまま、私とキスをすると、もしかして、私が、伸明さんと、キスをしていると、勘違いすると、思ったんでしょ?…」  「…綾乃さん…なにを言っているの?…」  「…自分が、伸明さんの代わりだと、思われるのが、嫌なんでしょ?…」  私の言葉に、今度は、ナオキが、絶句した…  「…」  と、言葉が、出てこなかった…  それから、  「…プッ!…」  と、吹き出した…  「…なに? …なにが、おかしいの?…」  「…負けず嫌い…」  「…なに、いきなり…」  「…ボクが、こう言えば、ああ返す…とにかく、やり返さなければ、気が済まない…」  「…」  「…もっとも、そんな気の強い綾乃さんだから、五井の女帝に気に入られたのかな…」  「…どういう意味?…」  「…彼女も気が強い…だから、好きになった…」  「…」  「…きっと、若い時の自分を、見ているんだと、思う…」  「…どういう意味?…」  「…彼女も、美人だろ?…」  この言葉には、呆れた…  まさか、自分の母親と同年代の女性を値踏みするとは、思わなかったからだ…  「…ナオキ…アナタ、生粋の女好きね…」  「…男は、皆、そうさ…」  「…ホント?…」  「…ホントさ…」  そう言って、また、私にキスをした…  「…美人が好き…」  私から、唇を離すと、言った…  「…美人が、好き?…」  「…綾乃さんが、イケメンが好きなように…」  そう、言って、また、キスをした…  なんだか、珍しく、ナオキに主導権を握られた…  そんな日だった…  そして、そんな日があってもいいと、思った…  私にとって、レアな日…  レア=希少な日だったが、そんな日があっても、いいと、思った…  負けず嫌いな私にとって、実に、貴重な日だった(苦笑)…                <続く>
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