うたう子

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うたう子

保育園に通いはじめた美優樹は、とても評判の良い子になった。保母さんや同じ保育園に通う子供たちに好かれた。 「歌がとっても上手なんですよ」 保育士のみどり先生がそう言ってくれた。有給で休んでいたぼくが娘を迎えに来たときだ。ほんとうは保育園を休ませて、一日中娘と遊びたかったのだが、妻に怒られた。親の都合で休ませるのはよくないと。だってみんな心配するでしょ、と妻のひと言にぼくは負けた。仕方ない、娘と同じように、妻もだいじなんだ。僕は妻に逆らうような、愚かな夫じゃないからね。 「歌…ですか?僕、美優樹の歌なんて聞いたことありませんよ?」 「うーん、歌というより、口ずさむ、って感じですね。ハミングとも言います」 「ハミング?ははあ」 ぼくは娘と風呂に入るとき、自分の好きな歌を口ずさむ。もちろん歌詞なんか知らないからふんふーんという具合にハミングしている。娘がそれをまねたと知り、僕はすごくうれしくなった。家に帰って妻に話すと、妻はなあんだ、という顔をした。 「そんなの知ってるわ」 「えー」 「美優樹はね、よく寝る前にハミングで歌うのよ。どこで覚えたのか、流行の歌よ。テレビじゃ歌番組なんてあまりやってないのにねえ」 原因は僕です、と言いたかったけど、妻にやきもちをやかれるんじゃないかと思って言うのをためらった。でもお風呂の楽しみができた。もっともっと歌を教えてあげよう。 僕はその夜、夢を見た。美優樹がみんなの前で歌っている。それをみんな聞いている。おおぜいの人、世界中の人、それが美優樹の歌を聞いている、そんな夢だった。
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