ねがう子

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ねがう子

小学生になった娘のランドセルの、そのうしろ姿を目で追う暮らしにそろそろ慣れてきたころだ。もう、重いランドセルにふらふらして、転ぶんじゃないかとハラハラする日常が、また愛おしいと思っていた。 そのころにはもう、美優樹が僕ら夫婦ふたりだけを見つめるだけ、という心配はしなくなった。学校でもみんなととけあって、楽しく過ごしている。もうそれだけでぼくら夫婦は幸せだった。そう思っていた。そう思い込んでいた。 ある日、娘の物がなくなることにまず妻が気づいた。ノート、ハンカチ、筆箱、帽子、そしてついに教科書までなくなった。もしかしたらとぼくら夫婦は思った。もしかして、いじめにあっているんじゃないかと。 だから先生に相談した。先生は新任の若い女の先生だが、しっかりとした感じの、頭のよさそうな先生だと最初見たときそう思った。 「いじめ、ですか?そんなことはありませんよ」 「でも物がなくなるなんて…」 妻は不安そうにそう言った。 「それも美優樹さんの不注意です。あとでいろんなところから出てきてます」 「しかし娘はそんなことひとことも言ってませんが…」 「きっと言いづらかったんでしょう。恥ずかしくて言えないですよね、そんなこと」 「それじゃ…」 妻は娘が心配でならないらしい。だが僕は違った。この教師は嘘をついていると思った。僕はそれがわかる。だってぼくの仕事は心理カウンセラーなんだから。噓をついているやつの仕草や発声、発汗や動作に至るまでわからないことはないのだから。 ただ、だからってどうしようもないことは確かだ。いくら僕がそうだと言ってもただ争いになるだけだ。物理的な証拠もなしに、そんなことは避けなければならない。それに、ちゃんとした証拠があったところでどうにもならない。学校という教育現場は閉鎖的なところだ。教員同士かばい合い、学校ぐるみでかばい合い、教育委員会でさえそのしがらみから抜け出せない。だからあきらめるしかないのだ。 「転校?美優樹嫌だよ」 「どうして?先生や同級生から意地悪をされているのに?」 僕と妻は美優樹に転校を勧めた。このままこの学校に通うよりいいと判断したからだ。 「意地悪するのは確かに先生や一部の人たちだけど、ほかのみんなはそうじゃない。みんな友だちだよ」 「だからって…」 「ママ、心配しないで。わたしは平気よ」 「いや美優樹、それは違うよ。ママはね、美優樹が我慢しながらこのまま学校に通ってほしくないんだ。つらいおもいを続けさせたくないんだよ」 「だったらパパ、美優樹は大丈夫。だってぜんぜん辛くないもん」 「いやそうじゃなくってね…」 「だいじょうぶ、ちゃんと解決するから」 美優樹は強い意志を見せた。そんな姿は僕らは一度も見たことのないものだった。だから気圧されてしまった。おもえばそのときが、その前兆だったのだ。
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