ねらう子

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ねらう子

それは音楽の時間だと聞いた。美優樹のクラスの何人かの生徒が急に意識を失い、病院に搬送された。緊急の父母会がその日の午後開かれ、僕ら夫婦も急いで駆けつけた。幸い、救急搬送された生徒のなかにぼくらの娘はいなかった。 「ほんとうに何が何だかわからないんです」 中年の、少し太った先生がみなの前で頭を下げた。教頭だというその先生は、もうなにがなんだかわからないって顔をしていた。それが本当だと僕にはわかった。嘘をついているそぶりはなかった。その困惑だけが伝わって来た。 「生徒たちの容体はどうなんですか?」 「命に別状はないそうですが、絶対安静だそうです。原因はまだ調査中で、なにもわからないことばかりなんです」 命に別状なくて絶対安静ってなんだ?原因は調査中でなにもわからないことばかり?バカなのか?僕は教頭に嘘の匂いを嗅いだ。 「じつはほかにも何かあるんじゃないですか?あとで知れたら、それこそ困るんじゃないですか?ここで話しておいた方がいいことが、あるんじゃないですか?」 僕は思い切ってそう発言した。ゆっくりと、そして威圧的に。妻も同じことを思っていたらしい。僕の腕の袖をしっかりと握っていた。 「それは…担任の数島さち子先生が…その…」 僕はとても嫌な予感がした。なんだろう…とても言い表せないような、いやな予感だ。 「昨日お亡くなりに…いえ、事件ではありません。脳出血、正確には急性硬膜外血腫と言うそうです」 参加していた父兄がざわついた。担任が死んだ事実に驚いたからだが、それを知らされていないことも驚いたのだ。 「どういう状況で?」 「学校から帰る途中で、急に道に倒れ込んだそうです。後ろから歩いていた数人の担任の同級生が見ていたそうです。死亡は病院で確認されたそうです」 このときはまだ、そんなに恐ろしいとは、僕らはまだ感じてなかった。家に帰るまでは。
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