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ひかりの子
家に帰ると、美優樹はひとり、おやつを食べていた。そんなことがあったというのに、まったく動じていないような顔だった。僕はますます不安になった。
「先生が倒れたの?知ってるよ。だって昨日、マイちゃんたちと先生のうしろを歩いてたんだもん。ミクちゃんがあわててよそのおうちに行って人を呼んできたんだよ」
「おまえは何をした?」
「あたし?なにもしないよ。だって恐かったから、見てただけだよ」
「そうじゃない。先生のうしろを歩いていたときだ」
美優樹はおやつを食べる手を止めて、そうしてまっすぐぼくを見て言った。
「何もしていないよ。ただ歩いてて、そうね、少し歌を歌ったわ」
「歌を、うたった、だと」
「そう、歌よ。いま流行ってるやつ。パパだって知ってるやつよ」
「そっか…」
やはりそうか。美優樹は嘘を言ってない。美優樹は歌を歌っただけなんだ。
深夜、僕ら夫婦はお互いの顔を見合わせていた。
「おまえ、知ってたのか?」
僕がそう聞くと、妻はこくりとうなずいた。
「幼稚園のとき、園長先生覚えてる?」
妻はずいぶん前のことを言った。むかしから少し問題のある幼稚園だった。先生たちはみないいひとばかりだったが、園長先生があまりいい人間ではないようで、経営もおぼつかなく、国から出る補助金もごまかしていると陰でうわさされていた。それに癇癪もちで、過去に虐待のうわささえされていた。その園長が急死したときのことらしい。
「おゆうぎ会の日だっけ」
「わたしたちのうしろに園長がいたわ」
おゆうぎ会が終わると同時に、園長は具合が悪いと家に帰った。死んだのはそれからだ。
「脳溢血って聞いてたけど」
「美優樹がね、あのとき笑って言ったの。達也くんのかたきをとったって」
「はい?」
「美優樹が見つめて歌ってたのはわたしたちじゃないよ」
「それって…」
「誰かが言っていたわ。おなじ園児の誰か。美優樹ちゃんが歌うとね、その声が光になって見えるんだって」
こんなことがあっていいのか?僕らはいったいどうすればいい?
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