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男は一通り撮り終えたのか、隅でぽつんと一人でいる僕のそばに来て、カメラを構えた。
「お前、あいつらに負けんなよ」「……はい」口ごもりながらもそう返事した。
「負けんなよ」「はい」
「いいか、負けんじゃねえぞ」「はい」
「わかってんのか、お前、負けるな」
が、男は口ぶりに反して、ずっと不敵な笑みを浮かべているように見える。
同じことを被せて言われているうちに、腐りながらも僕にくすぶっていたものが、むきだしになっていくようだった。
僕の内面の弱さのもとであるそれが、のちの瞬発力を生んだのはこのときだったかもしれない。
それから一年後、僕をまるで受容することもなかった人たち、ひいては故郷の町すべてを後にして上京した。
そして一人きり降り立った新天地では、マイク一本で歌い叫ぶことに僕のすべてを賭けた。
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