鍵の番人

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鍵の番人

小さな小さな部屋の中。 そこには沢山の扉があって、全てに鍵がかかっている。 ガシャン、ガシャン そこに音をたててやってきたのはこの扉と鍵の番人。 引きずられてきた大きな箱の中には沢山の鍵。 「よーし!今日はこの扉を開けよう!」 緑の扉を指差すと、番人はこの扉の鍵を探し始めた。 ガチャガチャ、ガシャンガシャン 「あれ?おかしいなぁ?ここに入っている筈なのに」 ガチャガチャガチャ 「夏樹(なつき)ー!」 何処からか声が聞こえる。 しかし番人は構わず鍵を探し続けた。 「何ー?!ママ」 「お遣い行ってきてくれる?」 「今ボク忙しいんだけど」 番人は必死になって鍵を探す。 ―ガチャ ドアが開いた。 「やだ!夏樹ったらこんなにオモチャ散らかして!」 「無いんだ!恐竜のフィギュア、知らない?」 「知らないわよ。物が多すぎるの!いらない物は捨てなさい!」 番人は困った。 鍵が無ければ扉は開かない。 「思い出が、あるんだ。あの恐竜のフィギュア」 番人は必死に訴える。 楽しかった思い出を忘れてしまう事を、番人は何より恐れていた。 「だからって、これじゃ見つからないじゃない!お遣いはもういいわ。とにかく片付けなさい!」 開けっ放しのドアからドスドスと廊下を歩く音が遠ざかっていく。 番人は頭を抱えた。 このままではまた(・・)開かない扉が増えてしまう。つい先日も、鍵を無くしたばかりだというのに。 クゥン ぱっ、と顔を上げる。 「ジョン…」 開けっ放しの扉から飼い犬のジョンが入ってきて、遊んでくれと言わんばかりに番人にすり寄る。 「ごめんなー、今、忙しくてさ」 クゥン ジョンは小さく鳴くと諦めたように部屋から出ていった。 番人は途方に暮れる。 鍵はどれもこれも大切だが、困った事にスペアキーは無い。必死になって探し回っていると、ドアの辺りで微かな物音がした。ぱっと顔を上げると、そこに転がっていたのはつい先日無くした筈の。 「クマのぬいぐるみ!」 駆け寄ってクマのぬいぐるみを抱き上げる。 解錠された、小さな部屋の扉が開いた。 その先に見えたのは、大好きだったおばぁちゃんの笑顔。産まれたばかりの僕の隣に並べられた、クマのぬいぐるみ。 「これ……おばあちゃんが、僕の誕生祝いでくれたやつなんだよね」 番人は歓喜した。 このクマを見ていると、色々な所に行ったり遊んだりした事を思い出す。公園、スーパー、児童館、ドラッグストア…常に一緒だった。 「おばあちゃん……」 しかし思い出したのは、楽しい事ばかりでは無かった。 大好きだったおばあちゃんが去年亡くなった時の事を思い出してしまったのだ。鍵は、開けたくない扉まで開けてしまった。この扉を閉じるには、鍵を処分したらいい。でも、鍵を処分したら二度と扉は開かない。 番人は悩んだ。 ―ギィ クマを見詰めていると再び物音がして、番人は顔を上げた。 「ジョン!」 クゥン ジョンがくわえていたのは、探していた恐竜のフィギュア。 「犯人(鍵泥棒)はお前だったのか!」 クゥン… 名探偵のように指を突きつけると、ごめんね、と言わんばかりにジョンは頭を垂れる。その口から恐竜のフィギュアを受け取ると、閉ざされていた緑色の扉が開いた。その先に見えたのは、父親の笑顔。 「一昨年、父さんが恐竜博物館に連れて行ってくれたんだよね。楽しかったなぁ…」 クゥン 甘えるように擦り寄るジョンの頭を撫でる。 「そういや、最近学校が終ってから遊びに行ってばっかりで全然相手してやれてなかった。……ごめん」 クゥン 悲しいことも苦しいこともあるけれど。 何より辛くて寂しいのは、忘れてしまうこと。 ジョンもきっと、自分を忘れられたような気持ちになって寂しかったのだろう。 番人は立ち上がった。 「ジョン、一緒に散歩に行こう!」 ワン! 散歩用のリードを手に取ると、ジョンがジャンプして喜ぶ。 「ママー!ジョンの散歩とお遣い行ってくるよー!」 番人は小さな小さな部屋から出ていく。 散らかった鍵をそのままにして。 番人は今日も、片付けることができない。 おわり
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