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第12話 ダンスの指導者
笑顔で差し出された手に、私は戸惑いを隠せなかった。
名前を聞いただけの不審な男と握手なんて出来ない……。
そんな私の様子を察したのか、パトリスはふっと笑みを浮かべるとその手を引っ込めた。
「はは。すごく不審がられてるな俺」
苦笑いをするパトリスを見兼ねたのか、アメリが私に言った。
「実はパトリス様は元貴族なのです」
「えっ、元貴族?」
「はい。それはもう、とても品のある坊っちゃまだったのですが……。いろいろありまして家が没落したのです」
「没落貴族ってこと? で、なんで今ここにいるの?」
「私がここに呼んだのです。パトリス様にはフルール様のダンスの指導者として働いてもらいます」
「えええ」
(この人にダンスを教わるの?)
私は、改めてパトリスをまじまじと見つめた。
パトリス・ランベール 三十歳。
フードの中に見えるぼさぼさの金髪。
目元や鼻、口元は形良く整っているが、それも少し伸びている無精髭によってかすんでしまっている。
こんな元貴族らしからぬ格好や振る舞いを見ていると、とてもダンスが上手いとは思えない。
本当にこんな人がダンスを踊れるの……?
「パトリス様は五年前までは夜会の花形だったのですよ。そう。今のリシュ様のような……」
(!!!)
あの表面上だけの爽やかな笑顔を思い出して、私の心臓がズキンと音を立てた。
城での夜会の苦々しい思い出が、嫌でも思い出される。
そんな暗く落ち込んだ私の気持ちを知ってか知らずか、パトリスがアメリに言った。
「最初マノンからこの話を聞いた時は驚いたぜ。俺はもう、ダンスなんて一生やらないって思ってたからな……。だがまぁ、リシュが絡んでんならやってやってもいいって思ったんだよ。くくくっ……俺もあいつの家にはちと思うところがあるからな」
パトリスは、何かを思い出しているように不気味に笑った後私を見た。
「俺は、小さい頃からアメリの姉のマノンに世話されてたんだ。お互い口うるさいメイドに世話されたってことで。まぁ、仲良くしようぜ」
パトリスもリシュの家に何か思うところがある……。
味方は少しでも多いほうがいいし。
何よりアメリが彼をここに呼んだんだもの、信用してもいいわよね……。
私は、そう自分に言い聞かせて再び私の前に差し出された手を取った。
ギュッと握手を交わすと、パトリスはニヤッと笑って今度はもう片方の私の手も握った。
(!!!)
「あんたのダンスの腕前、ちょっと確かめさせてもらうぜフルール様?」
「へっ?」
「俺のリードに合わせてみろ」
パトリスはそう言うと、鼻歌混じりにダンスを踊り始めた……。
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