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第19話 最後の舞台は……
帰りの馬車の中。
「大丈夫か?」
だんだんと離れていくアルベール公爵邸を見ながらボーッと考え事をしている私に、パトリスは優しく声をかけた。
「ちょっとびっくりしただけ」
パトリスの声に我に返った私は、何事もなかったようにそう答えた。
「リシュに何か言われたのか?」
「一度でいいから自分と踊ってほしい、って」
「あいつ……。まさかあんな暴挙に出るとはな。若いねぇ」
パトリスは苦笑いしながら、被っているシルクハットを目深に被り直すと馬車の背もたれに寄りかかった。
「リシュ様……」
「ん?」
「リシュ様、私の顔を間近で見たのに……私がフルール・ルグロだって全く気づいてなかった……」
「そうか……」
「あの時、リシュ様が私のことを思い出したら、私リシュ様に全部話してもいいって思ったの。でも、やっぱり私のことなんて覚えてなかった」
所詮、こんなにリシュを見返してやると意気込んでいるのは私だけでリシュにとってはあの出来事など無かったに等しいことなんだと思うと、余計に腹が立って膝の上に置いた両手の拳をぎゅっと握りしめた。
「はは。そりゃ好都合じゃねーか」
私の話を聞いてくれていたパトリスは、そう言ってシルクハットを少し持ち上げ意地悪そうに笑った。
「好都合?」
「ああ。あいつがフルールのことを思い出せないくらいお前は変わったってことだろ? だったらそれを利用してやればいい。あんなにフロランスにご執心なんだ。当分ダンスは焦らして……盛大な夜会で存分に相手をしてやりゃいい。リシュを貶めるのはその時だ。ククッ……大勢の貴族たちやルイーズの前で愛しのフロランスが実は自分が卑下していたフルール・ルグロだったって知らされた時のリシュの顔を拝むのが今から楽しみだ」
「……そうね」
街の賑わった様子は遠くなり、深夜の森の中を走る馬車の音だけを聞きながら私は静かにそう答えた__。
☆
それから何回かの夜会でリシュに会ったが、私はその都度リシュを無視していた。
不満そうなリシュの眼差しを感じながら、私とパトリスは盛大な夜会を今か今かと待っていた。
そんなある日、街に行っていたパトリスが勢いよく帰ってきた。
「フルール。吉報だ。一週間後、城で夜会が開かれる」
「お城で、夜会が……?」
「ああ。なんでも第三王子様のお披露目があるんだそうだ」
一週間後って……。
私の誕生日じゃない……。
奇しくも、私の夜会デビューと同じ日に行われる城での夜会。
あれから五年の月日が経っていた……。
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