最終話 華麗なる幕引き

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最終話 華麗なる幕引き

 またここに来ることになるとは思っていなかった…。 屈辱の夜会の出来事から五年。 私は、城の前で五年前のことをいろいろと思い出していた。 憧れのリシュに会うために嬉々として城に向かったこと。 城の豪華な料理の数々に心躍ったこと。 リシュからダンスに誘われてどきどきしながらダンスをしたこと。 そして……。 リシュからの屈辱的な言葉を聞いてしまったこと……。 その瞬間から今まで、私はリシュを見返すことだけを考えて生きてきた。 ダイエットに成功し、パトリスのおかげでダンスの腕前も一流になった。 そしてついに今日。 私は、リシュに私の正体を明かす。 これが最後の夜会になる……。 「行きましょう、パトリス」  私は、思い出したこと全てを受け止めてパトリスに言った。 「仰せのままに」  そう言って差し出されたパトリスの右腕に自分の腕を絡めて、私は城のダンスホールに向かった。 ***  城で執り行われる夜会ということで、今日は来賓の数もかなり多い。 ダンスホールもいつもより一際賑わいを見せていた。 私は、いつも通り一曲パトリスと踊った後、一人でダンスホールにあるソファに座っていた。 パトリスは、庭でタバコを吸いながら私の様子を見守っている。 ここに一人で座っていれば、必ずリシュがやって来るだろう。 現に、他の貴族の男性たちがフロランスと踊りたいと次から次へと申し出に来ているのだ。 私はそれを断り続けて、リシュがやって来るのを待っていた。 リシュが来たらダンスの申し込みを受ける。 そして踊り終わった後、「私はあなたが毛嫌いしていたフルール・ルグロなのよ」って教えてあげる。 五年前のあの出来事を思い出してもらうわ。 あの時と同じ場所で。 そんなことを考えていた時、聞き覚えのある声が近づいてきた。 「先日は失礼いたしました」  私が顔を上げると、そこには予想通りリシュがいた。 リシュは、私の周りにいた他の貴族の男性たちに見せつけるように真っ直ぐにただ私だけを見て歩いてくる。 その威圧感に、周りの男性たちはサッと道を開けた。 私も負けじと、リシュから一瞬も目を逸らさなかった。 「嗚呼、やっと私を見てくれましたね。ずっと避けられていたので嫌われたのかと思い落ち込んでいました」  リシュは熱い眼差しで私を見ると、そう言って私の前に立った。 「今日こそは逃がしませんよ」  そう言ってリシュは、自信満々に自分の手を私に差し出した。 この手を取ったらもう引き返せない。 覚悟を決め、私がリシュの手を取ろうとしたその時だった。 「その相手。私に努めさせていただけませんか? フロランス嬢……いや、フルール・ルグロ伯爵令嬢」  (!!!)  ダンスホールに突然、少し低く若々しい声が響き渡った。 その言葉に、リシュは信じられないという顔で私を見た。 「なっ! フ、フルール嬢だって? 何を冗談を……」  そう言ってリシュは、声の主に抗議しようとして振り返ると「アルフレッド王子……」と呟いて青い顔で直立し、その場を退いた。 周りにいる来賓たちも、声の主の登場にただただ驚いてその人を見守っている。  (何? 何が起こっているの?)  戸惑う私を愛おしそうに見つめながら、その人は私の前に優雅に歩いてくる。 「やっと見つけた……」 「えっ……?」 「私のこと、覚えていませんか? 『可愛いお姉さん』?」  (……!!!)  その一言で、私の五年前のもう一つの記憶が鮮明に蘇ってきた。 泣いている私の髪に、ピンク色のラナンキュラスを飾ってくれた少年。 私のことを可愛いと言って手の甲にキスをして照れている姿。 そして『アル』と兄に呼ばれて帰っていく後ろ姿……。  (アルくん? アル……アルフレッド王子!?)  五年経って、私よりも背が伸び大人になった少年を、私は信じられない気持ちで見上た。 「思い出してくれたようですね。五年前の夜会以来、私はずっとあなたのことが忘れられなかった。恥ずかしいですが、私の初恋です。まだ子供だった私ではあなたがどこの誰かもわかりませんでしたが、私も成長したので少しあなたのことを調べさせてもらったんです」  そう言ってアルフレッドは、リシュを鋭い眼差しで見つめた。 「リシュ・メナール。あなたは五年前の夜会でフルール嬢を侮辱する様な発言をしていましたね。全て把握しています」 「えっ……? あ、いえ、その……」  アルフレッドの鋭い眼差しと言葉に、リシュは五年前のことを思い出したようだ。 「そのことで彼女がどれだけ傷ついたか……。ここに宣言する。金輪際、私とフルール嬢の前に現れることは許しません」 「そんな……アルフレッド様!」  リシュは、大勢の来賓の前でぶるぶると震えながら叫んだ。 そんなリシュを、冷ややかに見つめながらアルフレッドは低い声で言った。 「聞こえませんでしたか? ……失せろ」 「ひぃ!!!」  アルフレッドの凄みのある言い方に、リシュは恐れを感じたのか逃げるようにその場を後にした。  私は、それまで起こったことをただ呆然と見ているしかなかった。 結果的に、私がリシュを貶めることはなくアルフレッドによってリシュは私の前からいなくなった。  (終わったのね、全部……。ん? というか、アルフレッド王子が私に初恋!? ええええ!!!)  今更ながらの急な展開に私が狼狽えていると、アルフレッドが優しく私を見つめながら跪き私の手を取った。 「ピンク色のラナンキュラス。いつも付けていてくれたのですね。可愛い人。私と踊っていただけますか?」  なぜか、涙が次々と溢れてくる。 この五年間、こんなに幸せな気持ちになったことはなかった。 「はい……」  私がそう答えると、アルフレッドはあの時と同じような照れた顔で私の手の甲にそっとキスをした__。     完
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