第5話 リシュの本心

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第5話 リシュの本心

「はぁ、はぁ、……」  ダンスを終えて息も絶え絶えの私に、リシュは涼しい顔をして言った。 「お飲み物をお持ちしましょうか?」 「いえ……少し庭に出て風に当たって参ります……はぁ……」 「わかりました。では、私はこれで」 「あ、はい……」  息の乱れもなく、スマートにお辞儀をして去っていくリシュの後ろ姿を私は見送った。  (リシュ様すごくかっこよかったわ。お礼言えなかった……後で言いにいこう……)  私は、よろよろした身体を引きずるように歩くと、庭につながる扉から外に出た。  少しひんやりとした空気が気持ちいい。 大きく深呼吸をして、庭に設置されているベンチに座っているとやっと気持ちが落ち着いてきた。 それと同時に、リシュからダンスを申し込まれたことを思い出して恥ずかしくも嬉しい気持ちになった。 憧れの人に会えた上に、あちらからダンスに誘ってもらえるなんて……。 幸せな気分でしばらくベンチに座っていると、だんだんと夜風が冷たく感じるようになってきた。 私は、そろそろ城の中に入ろうとベンチから立ち上がり扉のほうへ向かった。 その途中、開いていた城の窓から声が聞こえてきた。  (この声って。リシュ様?)  声の感じからして、リシュは大勢の令嬢たちに囲まれている雰囲気だった。 私は、自然と聞き耳を立ててしまう。 「リシュ様。先程はなぜあのような冴えない方と踊ってらっしゃったの? 私、目を疑いましたわ」  一人の令嬢がそう切り出すと、他の令嬢たちも一斉に同意見を言い始めた。 「そうですわ! 私だってリシュ様にダンスのお相手をお願いしたいのに、なぜ一番初めのお相手があの方なのです?」 「そうよそうよ!!!」  不満の声をあげる令嬢たちに囲まれたリシュは、慣れた様子でその場を制した。 「あはは。私が何の得もなしにあのような令嬢と踊るとお思いですか?」  そう言うと、リシュは少し小声になって笑いながら話を続けた。 「頼まれたんですよ、ルグロ公爵に。娘は君のことをすごく気に入っているらしいから夜会でダンスの相手をしてやってくれ、ってね」  (何ですって?)  外から聞いていた私は、信じられない気持ちでぐっと拳を握った。 そんなことも知らず、リシュは話を続けた。 「伯爵から頼まれれば断れないでしょう? それに、今回の依頼を引き受ける対価もいただけるみたいですし。お互いにウィンウィンな取引というわけです」  リシュがそう言ってふっと爽やかに笑うと、周りの令嬢たちから安堵の声が聞こえた。 「そうだったのですね。安心いたしました。リシュ様はあのようなふくよかなお方がお好きなのかなと思ってしまったので……」 「とんでもない! 私は皆様のように少食でスラリとしたスタイルのお嬢様が好みですから」  リシュは、そう言ってウインクでもしたのだろう。 その瞬間、令嬢たちから悲鳴にも似た声があがり、その場は一層盛り上がりを見せていた。
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