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── ドックん、どっくん。
や、やばい。
心拍数がどんどん跳ね上がっていく。
ヒーヒーふー。
ヒーヒーふー。
ちょ、ちょ、落ち着け俺!
何してんだ、俺。
なんで脚広げてんだ、俺。
腰が、チョー痛いんだけど。
と、とにかく。現状の把握だ!
「息まないでね! そうそう、うまいわ。息は浅くして、素早く吐くのよ」
ひょえー! もしかしてこれって、うわさの出産場面か?
なんでこんな時に転生前の記憶が蘇ってくるんだよ。
俺の前世はおっさんで、道に飛び出した子供を助けようとして車にはねられた。そこで意識飛んでるし。それで次に気がついたら……
俺、出産真っ最中の妊婦になってるし。
「ううう、産まれるぅうううう」
「おぎゃー、おぎゃー!」
「おめでとうございます。元気な男の子の赤ちゃんですよ!」
意識が飛びそうになってパニックしてる俺の耳に、嬉しそうな助産師さんの声が飛び込んで来る。
へにょへにょで真っ赤な物体を、助産師さんが俺に見せてくれる。産湯で体を拭いてもらった、産まれたての、チョーかわいい物体。
いっちょまえに、ちいさなおちんちんが付いてるし。
なになに、こいつを見てると、心がキュン、キュンしちゃうじゃん。
自分が産んだ赤ん坊を見た途端に、母親スイッチが入ったのか。さっきまでヘトヘトだった俺の身体には、力がみなぎって来るのが分かった。
もうこうなったら、俺の現世の知識を息子に教え込んで、息子と一緒に、息子を陰で操って頑張ろー。
そんな開き直りの計画をぼんやりと考えながら、産まれたばかりの息子に自分のおっぱいを含ませて、なんか幸せ感に包まれてる、俺。
***
「女神さま。たたた、大変です!」
「どうしたの? 何を慌てているの」
人助けで死んだ魂を転生させるため、先ほどまで手続きで忙しかった女神は、仕事終わりの午後のティータイムをとっているところだった。
そこへ、天使が慌てた様子で飛んできた。
「先ほどの転生者の転生先が、産まれる男の子じゃなくて、産む母親になってましたぁああああ!」
がちゃん──
女神は持っていたティーカップを落とす。
「ちょちょ、チョット待って! なんでそんな初歩的な間違いするのよ」
「簡単な作業なので、転生先の設定に関する操作を新人の天使にあてがったんです。そしたら、転生先が、産まれる側じゃなくて、産む側に設定されてまして……」
女神は青ざめる、そして立ち上がる。
こんな大チョンボしちゃったら、監督責任として、私のS級女神としての資格が取り上げられてしまう。そしたらまた、あの辛いヒラ女神に逆戻りじゃないの。
どうする、どうする、ううう。
転生者からのクレーム担当、確か今はイザベラっちだわよね。
彼女には女神女学校の時に助けてやった恩があるから、それを利用して、この件はクレーム処理の担当者の中でもみ消してもらおうかしら。
女神の頭の中はものすごい勢いで回りだす。
「あのー」
そんなパニック状態の女神に別の天使が天界のタブレットを持ってくる。
「何よ! いま、私は身の振り方で忙しいの。用件があるなら後にしてちょうだい」
つっけんどんにされた天使は、それでも執拗に女神に食い下がる。
「とにかく、これ見てください。なんか、転生した男性、出産したあとで息子におっぱい上げてる姿が、母親として幸せそうなんですけど。これ、もしかしたらクレームにならないパターンじゃないでしょうか?」
「え? まじ」
天使が差し出した下界の様子を見る天界タブレットに視線を落とす女神。
そして、転生者(男)が幸せそうな母親姿に見えて一安心する。
「はぁあああ。良かったわ。まあ、ね。男から女に転生したいヤツもいるから。今回はまあ、ちょっとタイミングがアレだったということでオッケーという処理にしてしまいましょう」
そう言ってから、ちょっとホッとした顔で、女神は天界タブレットの電源をおとした。
──今日も天界は、パニックなんか誰も起こさずに、平和な一日であった。
(了)
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